12月31日




 真夜中、十一時。
 普段であれば確実に補導されている時間帯。さかし今日に限ってはそれも許される。
 終電間際の駅前は賑やか。
 どことなく、そわそわとした気配を感じるのは今日が特別な日だからだ。
 一年の終わりと始まりは誰にとっても大事な日。あいらにとっては殊更特別な日――のはずだけど、隣を歩く幼馴染は別段変わった様子もなく、寒いとマフラーに顔を埋めて早歩きする。
 その横顔に緊張とか期待とか、そういったものはまるでない。こっちの方が拍子抜けしてしまうくらい平静だ。

「もしかして、言ってないの?」
「なにが?」

 おっと、思っていたことが口に出てしまった。
 そうだよな。聞かれてもはぐらかすスタンスのこいつが個人情報を他人に与えるわけがなかった。
 付き合っているのに、誕生日も血液型も知らないのと、俺に教えを乞うてきた元カノがいたくらいだ。

「言うわけないよな〜」
「……誕生日くらいどうってことないでしょ」
「そうかもしれないけどさ」

 真中は気にするんじゃないかなあ。

「でも、真中に言ったらどんな反応するのかな?」
「誕生日なんて特別に思ったことなんかないけど、真中には知ってほしいってこと?」
「まあ、そんな感じ」

 頭上に光る星を見上げ、しんみりとした口調が告げる。思いつきとも本気とも取れる。そんな声。

「言うなら、日付変わるぎりぎりかな」
「なんでまた」
「俺のこと考えて年越しして貰いたいじゃん」

 真中のことを独占したいわけね。
 一年の終わりと始まりに。

「ふうん」

 いつの間に、そんなロマンチックな思考になっちゃったのかな。
 今までだったら、誕生日くらい知らなくても年が明ければ歳は取るものだしとか、そんなことを言っていたあいら。そんな男が恋する乙女みたいなことを言うだなんて。

「まあ、言わないけどね」

 でも知っていて欲しいんだろ?
 作り笑いの奥に消えた言葉を読み取ることなんて、簡単だ。幼馴染、舐めんな。
 だったら言えばいいのに、と言いたかった言葉は飲み込んで間もなく見えてきた真中家の扉を叩いた。



「断舎利をね、しようと思ってたんだよ」

 こたつに入って東とみなみが来るまでの間、年末恒例の番組を順繰りに見る。
 入り浸っているせいか、真中家の居間は自分の家と同じくらい落ち着く。皿に盛っていたみかんに手を伸ばしたのとほぼ同時。向かいに座っていた真中がポツリと漏らした。

「断舎利って、捨てるやつ?」
「昼間、掃除してて。ついでに気持ちの方も捨ててやろうかと思ったんだけど」

 この気持ちって、あいらへの恋心ってこと?
 せめて一回は告白してから諦めなよ。
出掛けた言葉は剥いていたみかんで蓋をした。
 幸いにも想われ人であるあいらは、優等生モードで真中のお母さんのお手伝い中。
 お前が優等生キャラで本当に良かった。
せっかくの正月が暗鬱とした気持ちで迎えることになるとこだったよ。

「……だけど?」
「やっぱ諦めきれないんだよな」
「少なくともアピールもしてないのに諦めるのもね。あっちに彼女でも出来たら話は別だけど」
「出来てからじゃ遅いから言ってんだよ」

 女のことでは勝ち目がないから。だから、その前に諦めようと、保身に入ったわけだ。
 でも無理やり諦めた恋ほど後々引き摺ったりするもんだよ。

「でも、捨てきれなかったんだろ」
「う〜ん、悩んではいる」
「グレーゾーン?」
「うん」

 本来なら、グレーゾーンは捨てちまえっていうけれど、俺としてはなんとしても救済措置を取って欲しい。
 いつになく真剣に向き合っているあいらの恋がこのまま潰えてしまう。それはまずい。お節介だとは分かってはあるが、放っておけない。

「じゃあ、日付が変わるまで待ってやってよ。あいらに特別なことが起こるから」
「なにそれ?」
「真中には聞いても欲しいみたいだから、聞いてやって」
 その頃には、断舎利なんて意味をなさないのだろうけど。捨てるにしても、拾うにしても、今はまだ決断しないでやってよ。

 お前の恋、命拾いしたんだからな。
 調度振り向いたあいらにウィンクをすると恋に踊らされてる幼馴染が口を開いた。
「なに、たっきー。気持ち悪い」
 せっかく救ってやったのに。この恩知らずめ!

 
end


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