嘘吐きタヌキと与太話
退屈な授業を終え、お次は二コマ連続の体育。
思い切り体を動かせることに、クラスの男子はそわそわと落ち着かない。
早々に着替えて、一同が目指す体育館。
今月の授業はバレーボール。
冬の寒さにも負けずに機敏に動く彼らは、手慣れた手つきでネットを張り練習に励む。
出席を確認する前からやる気を見せる生徒たちに教師陣もご満悦。
南風原たちのグループも、その「やる気」を見せているグループのうちだった。
簡単な挨拶と出席を済ませた後は、生徒たちの催促を受けて練習時間もそこそこに試合が始まる。Aチーム対Bチーム。この試合が終わったら、次は南風原たちのチームだ。
人数の関係で一人足りてはいないものの、まあ、どうにかなるだろう。
友人たちが本気で挑む試合の中、その脇で東と真中、滝田たちはトス練習に励んでいた。
「はい、ここでエックス攻撃」
「え、なにそれ!?」
「知らないの?」
「知らないよ!」
「真中ってたまに無茶ぶりするよね」
ずいぶん古いドラマを引き合いに出してきたものだ。
真中の発言になんとなく覚えがある。
以前、南風原の家に遊びに来た時に母親が見ていたドラマの再放送。あれだ。
東にもいえることだが、年寄りや主婦層になぜか好かれる真中は、母親の解説と共にしばらくの間見ていたような気がする。その影響だろう。
きゃっきゃとはしゃぐ友人たち。
それを体育館の片隅で眺める。
通気小窓の前。あぐらを掻いた南風原の隣に座る仁科も同様に彼らを見守る。
「元気だねぇ」
「にっしー、じじくせぇよ」
「はしゃいでないみなみさんに言われる筋合いはありませんな」
せいぜい準運動くらいしかしていないくせに、早くもだれている仁科にコメント。
言い返される言葉は大変心外だ。ついさっきまで、真中たちと一緒に駆けまわっていましたぁ。なんて言ってやりたかったが、隣に向けた視線は気付かれずに終わる。
眼鏡の奥。その視線が向けられた先。想像しなくてもわかる。
相手は彼の想い人だろう。
「……にっしーってさ、真中のこと大好きな」
「当たり前じゃん」
「そんなんで、うっかり漏らしそうになったりしねーの?」
「俺がそんなヘマすると思う?」
むしろその自信がどこから来るのか。ほとほとぎもんではある。
現に、熱烈な視線を真中に注いでる現時点で、ばれない方がおかしいと思うのだが。
意外と思われている本人が気がついていないのだから、難儀な話だ。
「でもお前、引くほど駄々漏れの時あるけど」
「そんなん、真中に悪い虫がつかないようにしてるに決まってるじゃん」
「お前は父親かなにかかよ」
「娘よりだったら嫁が良いし、なんで女じゃないのかなあ」
そもそもどうして男に惚れたよ、とそこの所を問いつめてやりたい。
勝手に惚れた癖に文句を付けれる立場かと、隣で聞いてて苛立ちを募らせる。
うっかり無言でぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、隣で頭を抱える仁科の様が、余りにも無様なので寸前で堪えた。
「今はおれらとキャッキャするのに夢中みたいだけど、真中に好きな人とか出来たらどうするわけ?」
「その時は諦めて、普通に応援しますけど」
「え?」
仁科のことだから手を尽くして真中が失恋するように仕向けるものとばかり思っていた。
「お前、俺をなんだと思ってるんだよ」
「インテリ鬼畜眼鏡」
「よし、ちょっと体育館裏来いよ」
半笑いで窓の外を示す仁科。
その目が若干据わっているように見えるのは、きっと錯覚ではない。
真中の隣に、南風原でも仁科でもない「誰か」の影でも見ているのだろう。
「そんな顔するくれーなら言えばいいのに」
「……どんな顔?」
「誰にも渡したくねーって面。とにかくやってみれば? 案外上手く行くかもよ」
「それはないね」
即答。
けれどその視線は自分の足下。
立てた両膝に腕を預け、笑う横顔に力はない。
「まあ、万が一上手く行ったとしても、長く続くわけないんだよ」
「まあ、男同士だしなぁ」
「真中を好奇の目に晒せると思う?」
そんなこと、出来るわけないでしょ。
ようやくあった視線が、隠れた言葉を紡ぐ。
真中が「女じゃない」ことを漏らしたのは、そこに掛かってくるのかもしれない。
恋ってもっと、独り善がりのものなのじゃないか。
そんな偏見があるからか、気持ちが悪いほどに真中のことを想う仁科にどう言葉を掛ければいいのか。迷う。
「まあ、冗談だけどね」
気まずい沈黙。
思わず押し黙ってしまったことを後悔したが、意外とその間は短くすんだ。
仁科自身の方が、今までの真剣さを崩し人を食ったような笑みを作る。
「どこが?」
嘘つきタヌキめ。
その眼鏡、粉々にすんぞ。
「だって、その面で嘘ってことはねーべ?」
「……どんな顔だよ」
真中が好きで堪らないって顔。
目は口ほどに物を言うのだ。
南風原にすら分かる仁科の視線は、ずっと真中に注がれてきたのだ。
いつからかは分からないが、仁科のその目の奥にはずっと真中がいたはずだ。
心に響く言葉を見つけることが出来たのも、好物を覚えたことも少なからず「好意」があるからそうさせたのだろう。
今の会話の流れで嘘があるのだとしたら、「冗談」と濁したことが冗談だ。
真中の心には無断で踏み込んでいった癖に、自分のことに関しては逃げ続けるのか。
イライラが、募る。この弱虫め。
「ま、そういうことにしといてやるよ」
中途半端な「好き」だったら、いくらでも邪魔をしてやるつもりだったのに。
そんな言葉の準備もしていたのに、それが声に出ることはなさそうだ。
仁科が真中を好きなのも、いざという時はその恋を諦める覚悟が出来ていることも。
口には出さないでいてやろう。
目を瞑っておいてやろう。
どちらにせよ、彼が不毛な恋をしていることには変わりない。
どう転んでも、最終的に大事な友人を傷つけることはないだろう。
それさえはっきりしていれば、南風原が口を出すことではない。
「みなみぃ! にっしーも一緒にやろぉ」
コートの中では、そろそろ終盤。
Aチームがマッチポイントに差し掛かった。
そろそろ南風原たちのチームの番が回ってくる頃でもある。
東に呼び出されたのなら行かないわけにはいかない。
無条件で反応してしまう自分が憎かった。
「お呼びですけど?」
「それじゃあ、行きましょうか、ダーリン」
重い腰を上げ、冷え切った尻を叩く。
今しばらく茨道の恋をする友人の背中を叩き、ひっそりと激励を送る。
「俺、浮気はしない主義なんだけどなあ」
漏らされた一言は、嘘かホントか。
知るのはきっと、恋を患う彼ひとり。
end
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