好色、イエロー



 仁科吾平は時々爆弾を落とす。

 教師の間では、比較的問題の少ない生徒ではあるが、誰よりも癖の強い生徒として認識されている。
 成績は悪くはない。むしろ、優秀な部類に入るのだが、何気ない瞬間に、どきりとする一言を投下していく。
 たとえばそれは、授業中の一コマだったり。休み時間の合間だったりと場面は様々なのだ。
 なんの前触れもなく落とされる爆弾は、落とされた本人よりも周囲に甚大な被害を及ぼすことが多い。
 例えば、

「真中、真中ぁ」
「なぁに?」
「あのさ、ぐっちゃぐちゃにしたいんだけど」

 こんな風に。

 放課後の、これから補習が行われようとしている時間帯に、わざわざ自分のクラスからやってきた彼は、週刊誌を読む少年にそんな大胆な言葉を投げかける。

「……え?」

 仁科以外の五つの声が、きれいに重なる瞬間でもあった。
 彼女と通話中だった滝田を筆頭に、ゲーム画面に夢中だった南風原も、南風原に熱心に語り掛けていた東も。皆が、仁科の不穏な発言を咎める、またはどん引きの表情をうかべていた。
 当の真中本人は、雑誌に集中していた為か、その言葉を理解するのに少々時間を要したのだろう。不思議そうな表情を浮かべ「それはどういう意味で?」と聞き返す。

「あ〜。具体的に言うとね、まず剥く」
「あいら! まだ昼!」

 少し離れた所から止めに入る滝田も、先ほどの発言に戸惑いを見せたのか。
 いつもより的確さの欠けた言葉が遮った。

「聞いちゃダメだし、言ったらだめだろ、今のは」
「さすがみなみ、分かってるね! 何をどうとか詳しく言うなんて野暮ってもんだよねえ。答えは実践で!」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ!」
「真中さんを痔主にするのはよしてください!」

 仁科の発言が、どういった感情から来るものなのかを知っている彼らからしてみれば、その言葉の重みがよく分かる。時々漏らす、仁科の真中への発言は、際どいものが頻繁にあるのだ。それが、確信犯であると気付いているからこそ、必死に止めるのだろう。

「大丈夫だよ、東。切れるほど痛い思いなんてさせないよ」
「逃げて、真中、逃げて!」
「……え? 東の補習どうすんの?」
「そこはまぁ、逃げながらも待ってて!」
「無茶言うなよ」

 難しい注文に苦笑しながらも、真中は自分の席から動く気配はなく、広げた雑誌に視線を落とすだけ。
 そんな彼の前の席に陣取り、椅子の背もたれを跨いで彼を観察する仁科。
 見守る三人の視線と、感情はそれぞれ複雑なものだった。

「あいら」
「なんだい、たっきー」
「なんっつーか、程々にな?」
「大丈夫、俺、テクニシャンだから」

 にこり、と。
 微笑むその表情に、嫌な汗が滲む。
 そういう意味で言ったんじゃない。
 滝田の、げんなりとした表情がとても哀れに思えてくるのは仕方がない。

「いやいやいや、俺だって負けてないよ。テクならあるよ」

 対する真中のささやかな見栄に、眼鏡の奥のたれ目が更に細められる。口元の弧が大きく描かれる。真中ってば、ちょーかわいい。だいすき。そう思っているだろうことは彼らの関係性を知らずとも、その表情をみるだけで明らかだ。
 砂を吐くほど甘い空気を「真中にイチジク入れるのかよ、お前ひでぇ男だな」とゲーム機のボタンを削る音に被せた発言。

「だって、病気は怖いじゃない」
「じゃあ、ゴムも忘れずに。真中だけに負担かけていいと思ってんなよ」

 一介の男子高校生の口からは、到底聞きたくない発言ばかりが続く。

「そろそろ東くんの補習を始めたいんだけど、」
「ああ、うるさくしてごめんね、はっち」
「仁科なら静かにさせとくんで、始めても良いよ〜」
「ほら、夏休みのためにがんばろうな、あじゅま」
「しっかり勉強するんだぞ、あじゅま」
「うるさい、あじゅまって言うな!」

 黒板に一番近い席に座る東の頭や背中を叩いて、後ろの席に座る。授業参観さながらの光景になんともやりづらさを感じても「出ていけ」と強く言い出せない新人教師なのだった。

「先生も大変っすね」

 教卓を見上げた、異国の血を思わせるガラス玉の目に、自分の疲れた顔が映る。少年の労りの言葉が、なぜだか胸に沁みる。

「そもそもお前が再試を忘れて俺らとゲーセン行ってなきゃ先生もこんな面倒なことにならなかったんじゃないの」

 的確な真中の一言に、新人教師は静かに頷くばかりであった。
End


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