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「ん、真中、ありがとうね」
「殆ど役に立たなかったけどね」
「ま、気持ちだけでも嬉しかったけどね」

 宮園が教室を出て行ったのと入れ違いに帰ってきた真中と鹿嶋。
 男である真中よりも確実に重さも嵩もある地図を軽々と抱えて帰ってきた彼女はかっこいいという言葉がいやに似合っていた。

「ただいまぁ」
「おけーり」

 全員分のノートの中から五人分の名前を探し出す。
 五つのノートを手にして戻ってきた真中の表情は先ほどと何一つ変わりない。

「さっきさ、宮園さんが来てたよ」
「え?」

 その表情が、たった一人の人間の名前を聞いただけで引きつった笑みに変わる。
 健康的なその肌が、あっという間に蒼白なる。
 
「にっしーとたっきーが追い払ってくれたけどな」
「……あ、そう。そうなんだ。ありがと」
「どーいたしまして」

 笑って誤魔化そうとしているが、明らかに動揺を隠せないでいる。その証拠に視線は泳ぎまくり、しきりに出入り口を気にしていた。

「なに、あの子と何かあったわけ?」
「んー、いや、ちょっとね」

 言葉を濁す。
 煮え切らないその態度が気に食わなかったのか、滝田の疑問に答えたのは一番渋い顔をしていた南風原。

「あいつな、真中の元カノ」
「元、なんだ」
「まあ、中学の時の話だけどね」

 真中って彼女いたんだ、と意外とばかりに告げる仁科の発言に少々むっとしつつも彼女との経緯を切り出す。

「良い子ではあるんだけどね、ちょっと思い込みが激しいというか」
「ストーカー化した時期もあるからな」

 真中にとっての彼女の第一印象は「ただ手伝っただけ」だった。
 たまたま通りかかた先で彼女が困っていた。だから親切にした。その内容すら覚えていない、印象のない切っ掛けだったのだが。どうやら彼女にとっては恋に落ちるには十分だったらしい。
 同じクラスになったことは一度もない。それなのにも関わらず、頻繁に真中の元を訪れては楽しく会話する。そんな日々。
 彼女のような美人に好かれる覚えはない。真中自身の好みからもはずれていたせいか、彼女の自身に対する想いにも気づくことのなかった彼は何気ない会話の中で宮園を振ったことすらある。
 鈍感男の無意識の一言にもめげず、猛アピールするうちに、彼女の内面にも変化があったのだろうか。
 気が付けば、真中の周囲に嫉妬の念を抱くようになっていったのだ。

「まあ、傷つけるってのはなかったけど面倒くさかったよな。ミコトくんが私と付き合えないのは貴方たちが心配なせいよ、とかな」
「真中がオレらに甘いのは元からだし」
「な、おれらのほうがあいつらよりかわいーっつの」

 当時、嫉妬深い乙女の被害を被った者たちは斯く語る。
 よっぽど不愉快な想いをしたのだろう。南風原は、それ以来彼女と顔を合わせる度に棘のある態度を取るようになった。
 
「お前が、真中の何を知ってるっつーんだよ」
「意外に女心弄んでる悪い奴なのにね」
「そうだよ、親切なふりして単なる無意識だからな!」
「お前ら俺を褒めてんの、貶してんの」
「愛してんだよ」
「だよ!」

 不意打ちの告白を真に受け、恥ずかしそうに微笑む真中だ。
 そんな三人に仁科と滝田は顔を見合わせ方を竦める。
なんだ、こいつら、と。

「まあ、その後何回か揉めたりしてね、なんとか距離を置いてもら言えるように頼んだんだけど」
「あの子、結構手強そうだねえ。良く言えば一途なんだろうけど」
「いっそのこと付き合ってみれば?」
「そしたら悪化したから困ってるんじゃん」

 あまりにも周囲への被害が大きいからと、てっとり早く丸く収める方法を思いつき実行したはいいが、彼女の真中の友人たちへの態度が変わることはなかった。
 付き合い始めた理由が理由だけに、別れる時も拗れに拗れたのは言うまでもなく。
実際に「彼氏と彼女」でいた期間は瞬きをするよりも短かったが、完全に切れるまでは随分と時間が掛かったようにも思う。
真中にしてはこっぴどく振った方だ。
言葉も選ばず傷つけることも覚悟した。
それでも彼女の恋心は未だに枯れていないようで。

「たまぁに顔出してはああやって牽制しに来るんだよ」
「計算なんだか天然なんだか分からない子だね」
「……真中が俺の彼女になれば解決じゃん?」
「えー、やだよ」

 なる気なんてないし、と仁科の軽口に笑って返す。
 宮園と真中の逸話はいくつかあるのだが、根底にあるのはその一件だ。
 その後もいろいろと面倒なことが立て続けに起こり、すっかり苦手意識を植え付けられてしまった。真中たちにとって、時に「地雷」にもなる存在だ。

 話しているうちに感情を整理できたのだろう。
 急激に下がっていた南風原の機嫌もようやく上昇しかけた頃、教室の対角から声が掛かる。「真中、ちょっといい?」と。

「なに?」
「さっきの時間のノート見せて」
「あ、俺にも。ついでに頼みたいことがあるんだけど」

 クラスメイトのお願い。
 顔の前で手を合わせ、お願いと頭を下げる。
 特に親しくもないくせに。南風原たちと比べればそんな付き合いであっても、真中は快く受け入れてしまうのだ。
 眉尻を下げ「しょうがないな」と笑って。

「今日も真中は引っ張りだこですな」
「宮園みたいのに引っ掛かるんだから、少しは懲りろって思うんだけどな」
「難儀な性格だよね〜」
「あれ、あじゅま。そんな難しい言葉知ってたんだ」
「にっし、さっきからひどくない?」

 なかなか一所に留まれない真中の背中を見ながら、残された四人は各々言葉を紡ぐ。
 一見、いつも通りの彼らであったが、

「あいら、」
「……なに?」
「なんで、お前がキレてんの?」

 さすが幼馴染と言うべきか。
 滝田だけが、仁科の小さな変化に気が付いていた。

 


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