クラシックチェックを首元に




 良く言えば趣のある木造建築。
 悪く言えば妖怪が出てきそうな家。
 温泉地だというそこに雪の壁が四方を囲む。
 ドーム状に覆い、天井だけぽっかりと穴が空いた。そんな光景。
 腰に浸かるくらい降り積もった雪に、地元の人は複雑そうな顔。
 屋根に積もった雪を下ろそうとして、自分が落ちてしまった。
 そんな話も聞く。
 液晶の向こう側で、大変だと忙しい人々は自分と同じ言葉を話す。
 ニュースの表示も、同じ言語だ。
 それもそのはず、彼らは同じ国に住む、同じ民族なのだから。
 同じ国に住むのに、彼ら程の苦労をしたことがない。
 この国が東西南北、すべての方位に伸びていることを、こういった情報を得るたびに「そうなんだぁ」と感心する。
 自分の背丈よりもある雪の山。
 せいぜい自分の足首が埋まる程度の積雪しか経験のない東には、なんだか魅力的に思える。
 あんなに積もるのだったら、わざわざ遠出しなくてもスキーやスノボもできるだろう。
 どうせならみんなを誘って、行ってみたい。
 夜行バスと新幹線を使えば行けない距離でもないはずだ。
 さて、この土地の名前は、ともう一度画面を確認しても右端に表示された文字で読めたのは生中継を意味する「Live」だけ。

「…さんがゆ?」

 マイクを構えたニュースキャスターは、もっとすっきりとした地名を言っていた気がする。
 違う、これはきっと違う。
 不正解だと思うものを抱えてプレゼンすればきっと仲間内から茶々が入る。
 仁科や滝田はニヤニヤ笑いながら弄ってくるに違いない。

「颯大、遅刻するわよ」
「あ。うん、行く」

 マグカップの底に残った、カップスープの素。
 その塊を一掬い、口に運んでから食卓を離れる。
 鞄を引っ掴んで玄関に出る直前、母親が呼び止める声がした。
 待ちなさい、そーた、と。

「上着、ちゃんと持っていきなさい」
「えー、いいよ、別に」
「じゃあ、マフラーだけでも」

 液晶向こうのあの地と違い、今日のこちら側は晴れ渡った水曜日。
 ぽっかぽかの陽気でまるで異世界か異国かと問うほどの差。
 あんな映像を見た後では、防寒具なんて必要ないのでは。そう思うのだけど、心配する母に押し切られブレザーに袖を通す。首にはもちろん、キャメル色のマフラー。
 
「じゃあ、いってきます」

 冬の朝。日差しは暖かくても吹く風はやっぱり冷たかった。
 親の意見に従って良かったと思ったのは家を出てまだ数分と経ってない頃合い。
 寒くなってきていても、東の天敵であるカラスはどこにでもいるようだ。
 大豆くらいの大きさで頭上を旋回する彼らを警戒しながら、足早に学校を目指す。
 同じように学校を目指す学生の姿がちらほら。
 あの制服はどこのものだったけ、と目で追いながら大きな通りに出れば見慣れた茶髪が遠くに見える。

「みなみ」
「おはよ」

 鼻の頭を赤くした南風原が自販機の横でしゃがみ込む。
 一緒に登校しよう、と約束したつもりはない。
 それでもこうして同じ時間に同じ道を歩くのが習慣になっている。
 いったいいつからだったっけ、と思い起こせば「学校」というものに通うようになってからのことだったと気付いた。

「さみーな」
「そう? あったかいじゃん」
「それはあったかい恰好をしているからだろ」
「みなみの恰好が寒すぎるんだって。時代はもう冬将軍のものだよ」
「その冬将軍、なんかアイドルっぽくてやだな」
「そう?」

 おそらく、彼の携帯かゲーム機の中にアイドルが住んでるのだろう。
 夜遅くまで遣り込んでいたことが、目の下の隈と幾度かに分けて噛み殺される欠伸から察する。

「冬将軍っていえばさ、さっきのニュースでやってたとこ行きたい」
「どこだよ」
「青森、の、山」
「やだよ」

 ばっさり、切り捨てられた。

「なんで! スキーもスノボもし放題だよ!」
「寒ぃじゃん」
「寒いよ、冬だもの」
「冬こそ家でゲームだろ」

 眉間に深々と刻まれた皺が彼の拒否の度合いを示す。
 おそらく、この案には絶対に首を立てに振ることはないだろう。
 ちぇ、と道端の小石を蹴りたい気分になりつつもほぼ同じ身長の彼に視線を送る。
 マフラーもカーディガンも上着もない。
 既定の制服以外身に着けていない南風原の首元が寒々しい。
 あまり姿勢が良いとはいえない彼の背中が、今日は一段と曲がって見える。
 寒いから寒い場所へ否定的になっているのかも知れない。
 物理的に温めれば、もしかしたら考えを改めるのでは。
 世紀の発見をした気分で自分のマフラーを外し、南風原の背後に回る。
 縦一列、並走しながらそっと、長くした反物の中心を首の前に下すと、

「ぐぇっ!」

 見事に、急所に引っかかった。

「みなみ、寒そうだからオレの貸したかったんだよ」
「ありがてーけど、言ってからやれよ」

 潰れたカエルのような声を上げた幼馴染は、東の善意を理解してか罵倒することはなく困り顔でブランド物のマフラーを自分の手で巻きつける。
 せっかくだからと首の後ろで結んだら「あったけー」と目元が緩んだ。
 前を行く猫背はそれでも猫背のままだったけれど。

「なぁ、みなみぃ、やっぱり皆で山とか行こうよ」
「それより鐘突きに行こうぜ。大晦日に」
「行く、真中たちも誘おうか」
「当たり前だろ」

 期末も終わり、あと数日で終業式だ。
 今のうちにたくさんの予定を組み立てておかなければ。

「……寒いなぁ」
「えー、じゃあオレのマフラー返してよ」
「嫌だよ、あったけーもん」
「どっちだよ、それ」

 晴れた冬道。
 マフラーのフリンジと金色の後れ毛が、木枯らしに吹かれひよひよと揺れる。


 
 冬将軍が彼らの街で本気を出したのは、それから数日経ってのことだった。

end


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