しあわせのありか
幸せはどこにあるの、と誰かは言うけれどその答えは意外と身近に転がっているものだ。
チルチルとミチルが探していた青い鳥は、探してみたら家にいた。
極楽は死後の世界だというのに、風呂場にあるのと一緒だ。
探していた眼鏡を頭の上で発見するのにも似ている。
ねえ、そう思わない? 真面目な顔で、ふわふわとした意見を述べる友人に一同は揃って言葉を失い、薄笑いを浮かべて首を振る。もちろん、横に。
「それはちょっと違うんじゃない?」
「え? でもそんな感じしない。眼鏡どこだよぉ、あ、頭の上にあるじゃん! ちょっとぉ、うっかり〜って飽きれちゃうけど面白くならない?」
「ならないねぇ、第一、眼鏡ない状態って結構必死だったりするからね?」
生徒に話し合わせることが好きな国語教師は、自分の受け持ちのクラスということから総合学習の時間にディベートを行う。道徳や倫理、世界の情勢などをネタにあなたたちの意見を聞かせてください。どんなにぶっ飛んだ意見でも良いから、と自由に話し合わせる。個々の考える力、話す力をつけて欲しいという教師の想いも虚しく、高校に上がったばかりに生徒たちは今日もにぎやかに雑談中だ。
「えー。そんなんじゃ幸せ逃げていくよ?」
「じゃあ、あじゅまはどんな時に幸せを感じるわけ?」
眼鏡の苦労を知らないくせに、と鼻で笑った仁科は突き合わせた机の向かいに座る少年に話を振る。
「ん〜、結構頻繁にあるけどなぁ」
「最近で言えば? まあ、今後の願望でもいいけど」
うんうんと唸る東の隣で滝田がそれとなく促せば、思いついたように顔を輝かせる。
「今日、真中が放課後にスペアリブ作ってくれたら幸せ」
「断固、拒否します」
即答。あくびをしながら、面倒くさいと言わんばかりに。
それもそのはずだ。
東の食べたいものは大抵手間と時間と金がかかるものに集中する。
材料費は出してくれても、手伝ってはくれないのだ。
真中もメニュー次第では作りはするものの、今日は気分が乗らないらしい。
「ネグレクトだ! 真中母さんが育児放棄したよ! ゆゆしき事態です、父さん」
「いやぁ、放置しておけないのは真中よりも東の成績だと思うよ」
滝田が言っているのは前の時間に返却された中間テストの結果のことだろう。
青い顔をして隠していたが、きっと相当悪い点数なのだろう。
「よくその言葉知っていたね」
「たぶん分かってないけどな」
「それで使いどころがあってるから不思議だよね」
「明日は雨だな」
同じ中学出身である真中や南風原も仁科たちと同じことを思っていたのだろう。
さすが、付き合いが長いだけあって言い方にも容赦がない。
「美味しいもの食べれたら幸せってならない?」
「なるけど、自分で作るよりだったらお店に食べに行きたい」
「今日の帰りどっか寄ってく?」
「俺、肉食べたい」
「真中のそれはいつもだろ」
そこからは完全に放課後の予定の話にシフトが動く。
残り三十分以上ある授業なんて、もはやどうでもいいと言った様子だ。
黒板に書かれた議題に視線をやると、教卓の前に立っていた担任と目が会う。
仁科君なら、といった期待の籠った視線。
「げ、」
小さく上げた悲鳴は、友人たちにのみ拾われた。
対して、仁科の本音を知らない担任は「仁科君たちは答えが見つかりましたか」と恵比須顔で問う。「聞かせてください」と、出来上がっている前提で。
よりにもよって、とタイミング悪く視線を合わせてしまった自分を呪う。
斜向かいで滝田が「優等生はつらいねぇ」とニタニタと笑みを浮かべていたので、机の下で足を踏んでやった。
「あいら、てめぇ!」
滝田の言葉は無視し、保育園時代に歌った歌をもとにして答えた。
ぼくたちの班で出たのは、幸せは日常の中にあるんだという結果にまとまりました。美味しいごはんがあって、ほかほかのお風呂に入って、あたたかい布団があれば十分幸せなんじゃないでしょうか。当たり前の生活を過ごせる両親の稼ぎに感謝したいです、なんて余計な一文までつけて。
教師からの反応はまあまあと言ったところか、可もなく不可もない反応を貰った所で、別の生徒にその矛先が向かう。
「嘘くせぇ〜」
「ほとんど嘘じゃん」
南風原の意見は、クラス全体の意見だ。
休み時間の彼の様子を知る者からすれば、対教師仕様の仁科の笑顔や言葉ほど胡散臭いものはない。同じクラスになり早半年。皆が気づき始めておかしくない頃合いだ。
でも、幸せが日常に転がっているというのはあながち間違いではない。そう思う。
「ふは、悪い奴」
仁科の隣で、机に臥して笑う真中の横顔を見て、そう思う。
「じゃあ真中の幸せってなにさ」
「今は、寝たい……」
ふあ、と大きく開いた口が大量の酸素を取り込む。
涙の膜で覆われた目がとろりとした眠気を湛えていた。
なんせ真中の席は窓際。満腹の状態で優しい陽光を浴び続ければ眠たくもなるというもの。
「じゃあ、寝なよ」
「んー、でもさ」
睡魔と闘いながら僅かに上がった視線がとらえたのは、幸せを尋ねて回る恵比須サマ。
「なんか言われたらフォローしとくから」
「そうする」
じゃあ、よろしくと小さな笑みを向けた後、机に臥した真中はそのまま静かになる。
丸まった背中は、規則的に上下して細い寝息が聞こえてくる。
すやすやと、幸せそうな心地よい寝息。
「にっしー、おれも今から旅に出るからフォローしてくんない」
「やだよ、没収されろ」
「ケチ!」
「だって、なんの得もないじゃん」
「真中のだって、得にはなねーじゃん」
たしかにそうだが、あの笑顔を向けられてしまったからには応えたい。
さて、そう思うのなぜかしら。
そうさせる心の根底にあるものは、まだ気がついていないフリをした。
「一応、得はあったよ」
おひさま越しに見る笑顔は、なによりもあたたかいから。
だから、案外、この日常を幸せというのも悪くはない。
その事実があるから、嘘はではない。
「で。放課後どこ行くの?」
だからこそ、新しい笑顔を得るための準備を。
end
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