Take me out!
お盆も過ぎ、夏休みも残りわずかとなった頃。
両親と揃って母方の実家に向かう車の中。反対車線とは対照的に快適な道を走り、田舎へと向かう。
その涼しく快適な車内で不機嫌を隠そうともしない真中は後部座席を一人で占領して不貞寝していた。
「尊、いつまで拗ねてるの」
「拗ねてない」
「もう十七でしょ、いつまでもそんな小っちゃい子みたいなことして」
「だから、拗ねてないって!」
仲のいい友人たちにも見せることのない荒い言葉で反論するが、その言葉自体が彼が「拗ねている」ことを証明していた。
ことの起こりは昨夜の、食卓での出来事。
毎年、お盆の時期から少しずれて母の実家に帰省するのが真中家では通例なのだ。
日帰りが出来ないこともないのだが、折角なのだからゆっくりしてこいという同居する祖父母の計らいで一泊してくるのだ。
ご飯を作らなくていい、と年に数回あるかないかの、母の貴重な安息日なのだが、それが今の真中には不満でしょうがなかった。
以前からこの日の予定は開けるようにしていたのだが、昨夜、東からのメールでの遊びの誘いがあったのだ。
共通する三人の友人たちも含む一斉メール。
「モノポリーとか人生ゲーム見つけた。明日遊びに来ない〜」
東の口調そのままで変換される言葉に、思わず笑ってしまった。
生憎、行けないのだと返したその直後、同じく一斉メールで返された他の面々の返事は「行く」というものだった。
上体をお越し、運転席と助手席の間に顔を出し、ダメもとでお願いをしてみる。
「母さん、やっぱり俺だけ電車で帰っちゃダメ? 自分のお金で帰れるし」
「ダメ、おばあちゃんだってアンタに会うの楽しみにしてるんだから」
「そうだけど、東たちと約束もしたんだって」
「明日にしてもらいなさいよ」
「明日じゃだめだから言ってんだってば」
昨日から引き続いての言葉の遣り取り。結果は変わらずの「ノー」だ。
「お兄ちゃんも仕事で来られないんだから、尊までいなかったらおばあちゃん倒れちゃうわよ」
「……もう、わかったよ」
もういい、と再び後部座席に横になると両親に背を向けて目を閉じた。
今頃みんな、東の家に着いた頃だろうな、と寂しさと悔しさに唇を尖らせながら。
真中家の帰省に合わせて、母方の親戚も何人か集まるその日は真中にとって憂鬱でしかない。
孫はみんな男ばかりで、年上の者は逃げるかのように「仕事なのでまた日を改めて」と不在なので、手伝いや親戚のちびっこたちの面倒は一気に真中に押しつけられる。
幸いなことに、今回この家にいるのは真中家の他に、叔父の家族がいるだけだ。
相手をする子ども、今回は一人だけだ。今はゲーム機に夢中になっている年頃だから、それほど苦ではない。
小さい子ってこんなに早く大きくなるんだ、三年くらい前は人見知りしたせいか何も喋らなくて苦労したのを覚えている。
それに比べれば随分と扱いやすくなった。
まだ5歳のその子は、南風原並みの手つきでカチャカチャと手元のボタンを操作したり、タッチパネルを操作する。
時折、南風原と対戦したりすることもあるせいか、行き詰まった頃にアドバイスを与えてやると「ホントだ!みこと、すげーなぁ!」と純粋な賞賛が返ってくる。
「尊、暇なら手伝って」
「……はーい」
親戚の子をソファの上に放って、昼食の準備に駆り出される。
この後は墓参りがあるからと、その準備を母と祖母がしている間、全員分の昼食を用意するのだ。
「素麺で良い?」
「なんでもいいわよ」
「それが困るって、母さんも良く言ってるだろ」
もう、と言いながらも鍋に水を張り始める。
他所の家に来たからには、一応「良い子」でいようと努めてしまう。
なにより、この家での全権は常に祖母と母が握っているのだから仕方がない。
「なあ、みこと〜」
「あ、ごめん。ご飯もうすぐできるよ」
「ジュース飲みたい」
「冷蔵庫に麦茶あるんじゃない」
「ジュースがいい」
子どもこんな時正直だ。
遠慮なくあれが欲しい、これが欲しいと訴えれるのは、中途半端に大人になりつつある真中には羨ましい。
「ジュースなら仏様に上がってるのしかないよ」
「じゃあ貰ってくる」
「ちゃんとおじいちゃんにお願いしなよ」
「うん」
食べることも供養だと、言っていたのは祖母だったのかそれとも生前の祖父だったか。
真中もよく、仏壇に供えられた果物が欲しくてお盆の時期には家のリビングと仏壇の前を往復したものだ。
日頃から東の思いつきのリクエストに応えているせいか、昼食を作ること自体はそれほど面倒でもない。
それでも、後から冷やしトマトが食べたい、トウモロコシも茹でておいて、と後から来る注文もついでだからと許せるが、その注文と一緒に学校のことを聞かれるのが煩わしい。
勉強はどうだ、とか。
仲のいい友達は、好きな子は、彼女は出来たのかと不躾に聞いてくるのだ。
せっかく忘れかけていたのに、今頃楽しくやっているであろう友人たちの姿を想い、再び寂しさが押し寄せる。
真中がいないからといって、何か良からぬことを企むような彼らではない。
ただ、南風原と東、仁科と滝田、と幼馴染の関係にある彼らとは違い、ただの「仲の良い友人」であるポジションの真中にとって今の自分はなんだか取り残された気がしてならないのだ。
彼らはちゃんとお昼ご飯を食べれたのだろうか。
仁科がひとりで四人分作ったのだろうか。
宿題は終わってるかな。
次にみんなで集まるのはいつになるだろう。
そんなことを悶々と考えている最中、ポケットに入れていた携帯が震える。
調理の合間に画面を開けば、仁科からのメールが一件。
「真中もおいでよ」
そんな一文と共に添付されていた写真には東の部屋でモノポリーを囲む友人たちの姿。
「行けるもんなら行ってたよ」
寂しさ半分、その場にない悔しさ半分。
そんな恨み言は言葉になり、返信にも同じものを綴りそうだったので見なかったことにして再びポケットに押し込む。
少なくとも友人以上の好意を抱いている仁科に対してもイラついてしまうなんて。
罪悪感にも似た気持ちを抱いていると、パタパタと軽い足音が聞こえてくる。
「みこと。みこと、おじーちゃんからみことの分も貰ってきた」
ガラス皿に素麺を盛り付けている腕に押し当てられる緑の缶。
それを辿った先には、
「あ、ありがと」
どちらかといえば、炭酸の入ったそっちの瓶の方が欲しかったが、さすがに高校生。小学生に交渉を迫るのは良くない。
素直に礼を述べれば、にっこりと大きな笑みが返される。
さっきから、溜息をついたり不満な顔をしていたのだから、彼なりに心配してくれていたのかもしれない。
彼の気遣いに助けられながら、出来上がった昼食を居間へと運ぶ。
自ら手伝うという彼に、麦茶とコップを運んでもらいながら大人たちより少し早く食事にありつく。
「うめえ!」
麺を上手く啜れないらしく、時々麺つゆの器に噛みきれなかった分が戻っていく。
時々こぼしたり、白いTシャツにいくつも染みをつけたりと、見ているこっちがはらはらする。
どこか既視感を感じてしまうのは、常日頃感じている友人たちに対する気持ちと似ている。
ちびっこの世話も大人たちの注文にもうんざりだったが、今回は彼のおかげで少しは寂しさが紛れているのも事実。
彼から貰ったお茶も、温くは感じたが喉を潤す程度には申し分ない。
「そうだ、一緒に写真撮る?」
「なんで?」
「良い子だから、友だちに自慢しようと思って」
「みこと、友だちいるの?」
「いるよ。髪と目がきれいなやつと、気遣いが上手なのと、ゲームが上手いやつと、俺が好きなひと」
「好きな人も友だちなのか?」
「そうだよ」
「ふーん、変なの」
「好きな人と友だちは一緒のことがあってもいいんだよ」
自分に言い聞かせるような言葉は、小学校に上がる前の子には難しい。
よくわからない、と首を傾げる彼に笑顔で誤魔化して、こっちにおいでと呼び寄せる。
昼食を食べ終わって、ソファに寝転がって写真を一枚。
腹の上に乗っかる従弟は、その位置に落ち着いて写真を撮った大勢のまま昼寝に入る。
扇風機が送る温い風にあたりながら、今頃冷房の効いた部屋で過ごす四人に一斉送信。
人ひとり分の体温に、腹にじんわりと汗を掻く。
このまま、墓参りの時間になるまで寝てしまおうかと瞼を閉じると、携帯が連続して震える。
「真中さんの浮気者!」
「誰その子、隠し子?(笑)」
「お土産は水菓子が良い。手作りでもいいけど」
「今日と明日、俺ら泊まるから、真中も早く帰ってきなよ」
東、滝田、南風原、仁科の順で返ってきた言葉の数々。
その嬉しさに思わず笑みを浮かべながら、上から順に返していく。
「あらやだ、尊ってば。携帯見ながらにやにやしないの」
「うるさいな。ねえ、母さん、明日、何時頃帰るの?」
「明日のお昼頃かしら」
遅くなるとお父さんも大変だから、と続ける母の言葉はもう真中の耳には届いてはおらず、半日ほど引きずった不機嫌もどこへやら。
いつものような優しげな笑みを湛え、仁科への返信を重ねたのだった。
「明日には帰るよ!」と。
End
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