「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます、ゆびきった!」

小さな子供が2人、公園の真ん中で指切りをしている。私も子供の頃、よくやった。光太郎とよく指切りをしていた。あんな風に、涙を拭かれながら、そして笑いながら。

まだ桜は咲いていない。けれど、春がもう少しでやってくることが分かる。風の冷たさが日に日に柔らかくなっていったり、太陽が沈むのが少しだけゆっくりになっている気もする。春はもう少しでやってくる。それと同時にやってくるのは卒業だ。

「卒業か…」

呟いた言葉が風に乗って、空を舞う。言葉に形なんてないはずなのに、何故だろう、私には空を舞う言葉が見える気がした。くるくると回転して、雲の方へ飛んでいく。持っているコンビニのビニール袋がカサカサと音を立てる。

「あ、っていうか、進学先」

自分の家の玄関に手をかけようとして手が止まった。
今は絶賛受験シーズン。まあもう終盤になってきているけれど。幼馴染の光太郎はバレーで大学から推薦を貰って、そこに行くことにしている。けれど、平々凡々な私は普通に大学受験をした。センター試験が始まる前に、光太郎に「進学先決まったら教えてくれよ!」と言われたのを、今思い出した。やばい教えてない。しかも進学先決まったのは1週間以上前だ。すっかり忘れていた。くるっと振り向く。そこにあるのは光太郎の家。LINEを飛ばしてもいいんだけど、進学先が決まったことくらい自分の口で言いたいかななんてちょっとうかれすぎかな。でもいいよね。私はそのまま光太郎の家のインターフォンを押した。誰かがインターフォンに出てくると思ったのだが、あろうことか10秒足らずで玄関のドアが開いた。そして、

「おおー!なまえ!受験終わったのか!どこ行くことにしたんだよ!」
「げ、元気だね相変わらず」
「おう!俺はいつだって元気だ!で、どこ行くんだよ!」
「あ、それなんだけどさ、」

大きく息を吸う。春の香りがほんの少しだけ混じった空気が身体に染み込んでいく。少しだけ震えている手を、後ろに隠す。光太郎に見られないように。

「第一志望の大学になっ、」
「まじ!?やった!めっちゃ嬉しい!」

光太郎の笑顔が眩しい。でも、その眩しさが、遠い。
光太郎がいつまでも喜ぶから、思わず苦笑いする。光太郎は真っ直ぐだ。本当に、真っ直ぐ。自分のことじゃないのに、こんなにも喜んでくれる。嬉しいのに、近付けない。ねえ、光太郎、遠いよ。そう言いたかったけれど、ぐっと喉の奥に閉じ込める。

「じゃあ、私そろそろ」
「あー待て待て」
「?」
「あ、あー、あのさ」

急に光太郎の歯切れが悪くなる。どうしたの、と声をかけてもあーとかうーとかそんなのばっかり。終いには「言うんだ俺!」とか変なことを呟いている。1人でわたわたしている光太郎をじっと見ていたら、光太郎の目が私を射抜いた。

「あのさ!」
「何?」
「好き!結婚しよう!」

え、っと…何を言っているんだろう、光太郎は。光太郎の口は「好き」「結婚しよう」と動いた。すき、けっこんしよう、すき、けっこんしよう。光太郎の言葉を反芻しているうちに、顔が熱くなるのが分かる。

「あのさ!ほらー!あの!お前覚えてないかもしれないけどさ!昔約束したじゃん!大人になったら結婚しようって!でーほら!お前が大学決まったってことは大人になるってことだろ?だからあのーなんつーの?ええっと、」

自分から言い出したくせに、ものすごく自信のある台詞を投げつけてくるくせに、挙動不審すぎる。その矛盾が何だかおかしくて、思わず笑う。そして同時に、ゆっくりと記憶が浮かび上がる。

「なまえ!」
「なに?」
「おとなになったらけっこんしような!」
「!、…うん!」
「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます、ゆびきった!」

いつだったかなんて覚えていない。でも確かに、光太郎の言う通り、私は光太郎と約束をした。大人になったら結婚する、と。

「な、何笑ってんだよ!」
「いや、嬉しくて」
「そ、…っか。そっか!嬉しいのか!俺も嬉しい!」

私のことをぐっと引き寄せて、ぎゅーっと抱きしめてくる。

あーほんと光太郎って馬鹿。私が光太郎のことを好きかどうかなんて考えてない台詞だよねそれ。まあこっそり光太郎のことは好きだったからいいんだけどさ。というか光太郎はいつから私のことを好きだったの?彼女が居た時期もあったよね?どういうこと?にしても、すごい自信。あと多分大学生になることイコール大人になる、じゃないんだけどなあ。確かに結婚出来る年齢ではあるけれど、まだ未成年だよ?それに多分結婚よりも先に、付き合うってステップがあると思うんだけど。

「ねえ光太郎」
「ん?何だ?」
「手、握ってほしい」
「いいぞいいぞー!握ってやる!ぎゅーーーっ!」

言いたいことはいろいろあるけれど、とりあえず私は光太郎の手を握り返す。

ねえ光太郎。もうさ、小指での約束じゃ足りないからさ。こうやって、光太郎の大きな手で約束、してほしいな。なーんて。


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