刺すような寒さの中、白い息を吐きながら君は言った。


「さよなら」


その一言が、胸を締め付けて、締め付けて、苦しくさせた。いっそうのこと、酸素を吸うことすらままならなくなってしまえばいいと。そう、思ったんだ。


残されたアイラブユーをゆびおり数える


「みょうじ」
「あ、国見」


ぐるぐると巻いたマフラーに顔を埋めた国見が「帰ろ」と呟いた。それに頷いて私もマフラーを巻いて立ち上がる。一緒に教室を出て、校門をくぐった。ぴゅうっと冷たい風が吹いて、寒さに目を瞑ると、左腕に体温を感じた。


「国見」
「寒い」


少しだけ不機嫌そうな声のトーンに、笑ってしまう。寒がりな国見は、そのまま私に身体をくっつけて歩いた。少しだけ歩きにくくて、どうせなら手を繋いでくれたらいいのに、と思いながらちらりと彼を見る。すると国見はそれに気付いたようで、少し表情を緩めてこちらを向いた。


「歩きにくいって思ってんだろ」
「わかってるなら離れてよ」
「それはヤダ」


スッと身体を離した国見が、指を絡め取った。こんなに寒いのに、二人とも手袋をしていないから、冷えた指先からじんわりと熱が帯びていくのを感じた。きゅ、と握ると同じくらいの力が返ってくる。私達の中で当たり前な、それ。けれど、私達は恋人同士ではない。カテゴライズするならば、とても仲の良い友達。


「みょうじ」
「なに、っ」


振り向きざまにくっついた唇。すぐに離れていって、国見はまたマフラーに顔を埋めた。そして、タイミングよく青に変わった信号に私の手を引いて歩き出す。私も同じようにマフラーで口許を隠した。

──いつから、だったかな。

国見が私にキスをするようになったのは。確か、初めてされたのは文化祭の時だったっけ。ぼんやりと思い出しながら、ほんの少し指先の力を抜いた。すっかりあったまって、熱いくらいだ。今日も聞けない言葉。言えない言葉。私達は、今日も”とても仲の良い友達”にカテゴライズされたままだ。





3年生になった私達のクラスは、「メイド・執事喫茶」をやることになった。私は接客担当で、恥ずかしながらもメイド服を着て接客していた。


「いらっしゃいませ」
「2人は入れます?」
「はい、どうぞこちらへ」


他校の制服を着た男子高校生を席に案内する。自分の教室に他校生が居る光景は、なんだかちょっと違和感があるなと思いながらその場を去ろうとすると、緩く手首を掴まれた。


「メイドさんも一緒に喋ろうよ」
「え、」
「そーそー!俺達メイドさんが可愛いなって思って入ったんだよね、ココ」


強く力を込められたわけじゃないのに、なんとなく抗えなくて流されるがままに座ってしまった。本当は早く奥に引っ込んでしまいたいのに。席に座ると、距離を詰めてきた他校生の一人が私の肩に腕を回した。その時、ふと頭に国見が浮かんで、眉間にシワを寄せた。

(全然、ちがう)

国見の、少し低い体温が恋しい。触れたら上がっていく、あの体温が。不快感が募っていって、離してくださいと言おうとした時、ダンッと音がした。驚いて顔を上げると、国見が冷めた顔をしながらテーブルに手をついていた。ぴりっとした空気が教室を包む。


「ここ、そういう店じゃないんで」


低く呟くと、国見が私の腕を掴んで歩き出した。いつもより力が込められていて少し痛いくらいなのに、全然嫌じゃなくて。むしろ安心してて。このまま二人でずっといたいって思った。廊下を抜けて部室棟の階段を登ると、男子バレー部の部室に押し込まれた。


「国見、あの」


ごめんなさい、と。何に対してかわからない謝罪の言葉を口にしようとした刹那、塞がれた唇。離れた後に見上げた国見の表情は、切なげで、苦しそうだった。


「簡単に、触らせんなよ」


今度こそ、意味を持った「ごめんなさい」を口にした。その時、私は泣きたくなるくらい国見が愛おしくて仕方なかった。抱き寄せられて、国見の胸に顔を埋めながら、どうしても言えない言葉を音にせずに呟いた。





秋の学園祭から時は経って、私達は受験を終えたところだ。卒業を間近に控えた今日は、最後の登校日だった。さっきのキス以降、私達はずっと無言だった。電車を待ちながら、ずっと避けてきた話題のことを考えていた。きっと国見も、同じこと考えていると思う。プルタブに指を引っ掛けると、国見が口を開いた。


「大学、さ」
「う、ん」
「どこ行くの?」


国見の質問に、私は缶を開けるのをやめて握りなおした。大学。私達はずっとこの話題を避けてきた。彼がどこを受けるかも、私がどこを受けるかも、話さなかった。震える唇で、ちいさく息を吸った。


「……東京の大学に行く」


私が、彼にずっと言えなかったこと。口に出来なかったこと。自分で決めた進路なのに国見と離れ離れになるのが嫌で、言えなかった。どうせ離れるから、好きだと言えなかった。国見の顔が見れなくて俯く。


「そっか」
「、国見」


国見の声がいつもと違って、ハッとして彼に向き直った。俯いた彼の表情は見えなくて、だけど、いつも当たり前のように与えられていた温もりが消えていく音が聞こえた気がした。ホームに電車が入ってくる。風に攫われて揺れるマフラーの裾が、やけにスローモーションに見えた。電車のドアが開いて、中から人が降りてくる。立ち上がった国見は、私の手を引いて電車に乗せた。国見、と彼の名前を呼んでも、返事をしてくれない。
そして、国見は白い息を吐きながら、言った。


「さよなら」
「国見!待って、私……っ」」


降りようとした時、アナウンスと一緒にドアが閉まった。ドアのガラス越しに絡み合った視線。国見の瞳は、悲しげに緩められていた。発車する瞬間、国見が口を開いた。その言葉を理解すると同時に、ゆっくりと電車が動きだした。ホームで立っている彼の姿が、どんどん小さくなっていく。国見は、一度もこちらに顔を向けなかった。

──『好きだよ』と。国見は確かにそう言った。音にならなかった好きを、私は受け取った、のに。

言えばよかったんだ。東京の大学に行くことを。離れるけど、国見が好きだと。言えばよかったんだ。だけど私は言えなかった。離れたって、国見が私を好きでいてくれる自信を持てなかったから。彼を信じてあげられなかったから。だから、国見は「さよなら」と言ったんだ。


「くに、み……っ」


ぽろぽろと零れた涙と、国見への想い。胸が張り裂けそうな程痛くて、苦しくて、堪らなかった。わかってたのに。国見が私のことを大事にしてくれていたこと。視線や、仕草や、言葉全部が、優しくて熱がこもっていたことをちゃんとわかっていたのに。

──もう私には、残された君との思い出を数えることしか出来ない。


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