幼馴染というポジションは、とっても魅力的で、それでいて最悪だと思う。俺がなまえと幼馴染じゃなければ、何度そう思ったことか。

 まるでぬるま湯のようなこの関係を、俺はいつまで続ける気だろうか。ぼんやりと現国の授業を聞き流しながら考える。いつまで。これに終わりはあるのだろうか。その終わりというのは、どんなものなのだろうか。いつ、くるのだろうか。




「なあ及川」

「何マッキー」

「岩泉とみょうじが付き合ってるって、ホント?」

「岩ちゃんとなまえが…はあっ!?」

「ちょ、及川煩い」

「なになになにそれ!俺いま初めて聞いたんだけど!!」


 マッキーに借りていた現国の教科書を返しに行ったら、いきなりそう言われた。ばしん!と思い切り教科書を机に叩きつけながらそう尋ねると、眉間に皺を寄せながら「聞いてるのは俺なんだけど」、と返した。いやいやいや、


「知らないよそんなの!何処情報、それ!」

「及川、落ち着け」

「これが落ち着いていられるワケないじゃん!ああもう意味分かんないっ」


 いつ終わりがくるのだろうか。まさか、その”終わり”がこんな風に訪れるだなんて、これっぽっちも思ってなかった。



 心臓をぐっと掴まれたように胸が苦しい。もやもやした感情が胸の中をぐるぐると掻き乱す。気持ち悪い、よく分からない感情。なまえのことを考えているときとは、全く違う、居心地の悪いこの感情はなんだ。


「クラスの奴が言ってたから、本当かと思って。及川が知らないならガセだな」

「そうだよガセだよ!あり得ない、そんなの絶対」

「まあいいや。俺ちょうど岩泉に用があるんだよね。及川、一緒に行く?」

「…行く」


 そうだよ、本人に聞くのが一番手っ取り早い。


 それでも、すぐに行く、と言えなかったのは、少し怖かったから。俺と岩ちゃんとなまえ。小さい頃からいつも三人一緒にいた。俺はいつの間にかなまえを好きになっていた。だから、岩ちゃんがなまえのことを好きになっていても、何もおかしくない。

 おかしくないと思ってしまう。だから、怖い。相手が岩ちゃんだったら、俺はどうするんだろう。




 すぐ隣の教室なのに、足取りが重くなってしまう。口を噤んだ俺を不思議に思ったマッキーが「どうした?」と心配そうに声を掛けてくれる。その間にも距離は短くなって、もうドアの前。


「なんでもな、」


 いよ。

 そう続くはずの言葉は、がらり、とドアを開けたところで途切れてしまった。


「及川?…あれ、やっぱガセじゃねぇのかな」

「…」

「…及川?」


 岩ちゃんとなまえが同じクラスなのは、何もいまに始まったことじゃない。でも、それでも。マッキーとのついさっきの会話が頭の中をループする。”「岩泉とみょうじが付き合ってるって、ホント?」”そんなの、嘘に決まってる。絶対。だって、俺の方がずっと好きだったんだから。ずっと、ずっと、


 ぴたりと動かなくなった俺を心配して、マッキーが何か言っているけれど、全く聞こえてこない。岩ちゃんとなまえは、楽しそうに何かについて話し込んでいる。手元には本があるから、本の内容について話しているんだろう。


 聞きたいことはたくさんあった。


 どうしてそんなに近いの。なんでそんなに楽しそうなの。何の話してるの。本当に、二人は付き合ってるの?


 でもそのどれもが口から零れることはない。これが少女漫画とかだったなら、なまえの腕を引いてこの教室から連れ出すんだろう。そして、勿論ハッピーエンド。なまえと岩ちゃんはやっぱりただの幼馴染で、俺となまえは両想い、めでたしめでたし。

 そんな風に、簡単に出来ていたらいいのに。弱虫な俺がとった行動は、何も見なかったフリをすること。


「俺、まっつんに用があるんだった」

「は?何言って、」

「ごめん」


 ああ、いまが昼休みで良かった。とにかく、いまは早くまっつんの所に行って、このどうしようもない気持ちを目一杯聞いてもらおう。

 そんな情けない思考でいっぱいいっぱいな俺には、マッキーが「…失敗だったかなあ」と呟く声なんて、まったく聞こえてなかった。











「まっつん!一緒にお昼食べよう!」

「は?いきなりどうしたんだよ」

「いいから早く!外で食べる!」


 教室のドアを遠慮なしにガラッ、と開けてまっつんの席までずかずか歩く。

 教科書とノートをのんびりしまっていたまっつんは、驚いたようにこちらを振り向いた。その腕とまっつんのお弁当を持って、そのまま教室を出る。自分のお弁当もちゃんと持ってきた。とりあえず、早く話を聞いて欲しい。



 及川、と後ろから呼ぶ声が聞こえるけど、それも無視だ。ぐいぐいと腕を引っ張って、裏庭まで来たところで手を離した。あーあ、手を繋ぐならなまえとが良かった。あれ、最後に手を繋いだのはいつだったっけ。ずっと昔のような気がする。


「飯食うならもっと明るいとこで、」

「ねえ、岩ちゃんとなまえが付き合ってるってホント?」

「はあ?」

「いいから答えてよ!まっつんはいつから知ってたの?」


 お昼ご飯なんて後でいい。ずい、と詰め寄って尋ねると、まっつんは居心地悪そうに、あーとかうーとか漏らした。何この反応。もしかして、ずっと前から付き合ってました、とか?

 嘘だ、そんなの。だって登下校は基本的に三人一緒だし、二人で登下校してるのなんて滅多に見たことない。というか、そうならないように俺がしてたんだけどさ。



 それでも、なまえは岩ちゃんが好きなわけ?は?意味分かんない。


「及川、落ち着け」

「これが落ち着いていられるワケないじゃん!」


 マッキーとも交わしたような気がする会話をして、じろりとまっつんを睨む。まっつんは何も悪くないけど、もし二人が付き合っていたというのを知っていたなら、まっつんも悪い。


「花巻から聞いたんだろ、その話」

「そうだよ。マッキーは、クラスの子に聞いたって言ってた。でも、マッキーが知ってるならまっつんも知ってるでしょ?」

「ああ、知ってるよ。だってその話は、俺と花巻で考えた嘘の話だからな」

「…は?」

「なかなかくっ付かねぇから、発破かけてやろうと思ったんだよ」


 で、お前はどうするワケ?



 呆れたようにまっつんはそう聞くと、俺に返事を促した。



 岩ちゃんとなまえが付き合ってるっていうのは嘘だった。ああ良かった。それが一番最初に思ったこと。そして次に思ったことは、気持ちを伝えなくちゃ、ってこと。


「なまえのとこ行ってくる!」

「おー」

「ありがと、まっつん!」


 暗い裏庭から飛び出して、明るい中庭を通って教室まで全力疾走。



 なまえが他の男にとられるなんて、絶対いやだ。それなら、一刻も早くこの気持ちを伝えなくちゃ。

 きっと、世界で一番俺がなまえのこと好きだよ。小さい頃からずっと見てるんだし、なまえの良い所も悪い所も、いっぱい知ってるよ。全部ひっくるめて、なまえが好きだよ。





 教室まで後少し。こんなぬるま湯に浸かっているような関係は今日で終わり。なまえには、何て言って気持ちを伝えようか。どうか、この気持ちが君にちゃんと伝わりますように。


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