たまに練習を見に来てくれるあの子。
時折体育館に現れて、バレー部の練習を眺めて、気が付くと帰ってしまうあの子。
他のみんなも気が付いていて、あの子可愛いよな、学年やクラスはどこなのだろうと話題になる。

「俺、潔子さんしか見えてないんで、ほかの女子はちょっとわかんないっす!」
「俺、クラスの女子の名前も危ういっす」

田中や影山に聞いても無駄なのはわかっていたが、よく周りを見ている大地や縁下も知らないというのは珍しい。

「でもでも、俺、あの子はスガさんを見てると思うんですっ!」

日向が目を輝かせて申告してくる。
いやいやそんなことないべー。
軽く受け流すが、実際のところ俺も、自分が見られているような気がしていた。
目線をキャットウォークに向けたとき、必ずと言っていいほど目が合う。
彼女から目を離すことはなく、俺は少し不思議な気分で練習に戻るのだ。

「スガ、そんなに気になるなら今度話しかけてみたらいいじゃないか」

大地がぼんやりと助言してきたが、何をきっかけに、どう話しかけていいかもわからずに、ああ、そのうち声かけてみようかな、なんて返事をしておいた。


それからというもの、自分を見つめる視線はやはり自分に向いているものだと確信するようになった。

「俺、彼女の目線追ってたんすよ、そしたらずっとスガさんのこと見てました!」

日向も無邪気な報告がなくっても、気が付いている。
こんなにも見られていることが分かっているのに、不思議と嫌悪感はなく、ただなぜ自分を見ているのだろう、なぜそんな彼女のことが気になるのだろうと、自分に問うてみる。

「もし次彼女が来たらさ、休憩のときに俺声かけてみるわ!」

次こそ声を掛けてみよう、そう思った日、彼女は練習に来なかった。
次の日も、次の日も。

最近、彼女来ませんねー。
休憩中にたびたび話題になるが、それからというもの、彼女は一度も姿を見せなかった。
三か月以上、ほとんど毎回顔を覗かせていたのに。

話したこともない彼女がいないというだけで、なぜかこころにぽっかりと穴が開いたような気分だった。

自分では滅多に上がることのないキャットウォークに、足を運んでみた。
ここから見るコートは、どのようなものなのだろう。
彼女は何を見ていたのだろう。

いつも彼女が立っている場所に立って、コートを見下ろした。
おーいと手を振る日向や田中の顔は、意外とくっきりと見えた。
(…これじゃ、俺が見返してたのも、バレバレだったかもな…)

いつも彼女がつかまっていた手すりは、年季のせいで少し塗装が剥げている。

「ん…?」

その、手すりの隙間に小さな紙切れが挟まっている。
なんだろうと手に取ってみると、女子らしいかわいらしく小さく、それでいて整った文字が目に入る。

[ずっと見ていてしまって、ごめんなさい。これからも応援しています。みょうじ。]

たったそれだけの文章だったが、彼女が残したものだということはすぐに分かった。

他の奴らに見せるのが、なんとなくためらわれて、こそっとジャージのポケットに入れた。

何もなかったかのような顔をして練習に戻った。
明日、彼女の連絡先を手に入れる方法を考えながら。


朝。その名前をしっかり憶えて職員室へ足を運ぶ。

「体育館に、落し物があったんですけど、みょうじさんってどの学年のどのクラスだかわかりますか?」

職員室の、適当な先生に声を掛けた。

「あー…そいつこの間転校したみょうじかな?ちょっと名簿確認するけど…ああやっぱりな、その名前、学校に一人しかいなかったけど、二週間前に転校してる。二年の、二組だな。落し物って何だ?大きいものなら連絡するが」

「いえ、プリント一枚です」
「そうか、なら大丈夫かな。わざわざありがとうな」

失礼しましたー。そう言って二年二組の教室へ向かった。
自分でも、どうしてこんなことをして彼女を追いかけているのか、わからない。
だけど、あの、ぽっかりが自分を動かしているような気がする。

クラスにいた女子からみょうじさんのメールアドレスを聞き出した。
手口は先ほどと同じ。体育館で落し物。連絡したいから。

いざアドレスを手に入れたとなると、今度はどんな文章を打ったらいいのかわからなくなった。
携帯を片手に唸っていれば大地に変な顔で見られるし、
だからと言って相談するのもなにか違う気がする。


「みょうじさん、突然メールしてごめんなさい。メモ、見ました。アドレスは、ご友人に教えてもらいました。みょうじさんが転校したと、聞きました。いつも、練習にきていてくれて、ありがとう。いなくなってしまって、寂しくなりました。」

こんな文章でいいのだろうか。打ち込んだ文章を消しては戻し、書いては消してを繰り返し、なんとか送信ボタンを押した。

「菅原先輩。まさかご連絡いただけるとは思っていませんでした。毎日練習にしつこく通ってしまってごめんなさい。ずっと前から好きでした。バレーを、している先輩が、好きでした。話しかける勇気がなくて、転校するのに、結局自分の口で言えませんでした。これからも、ご活躍されることを応援しています。ご連絡、ほんとうにありがとうございました。私に、好きだと伝える機会を与えてくださって、ありがとうございました。みょうじ」

一時間後に返ってきたメールを見て気が付いた。
ああ、彼女が俺を見ていたのも、
そんな彼女を俺が見ていたのも、
お互いが臆病者だったからなのだと。

「みょうじさん、今住んでいるのはどんなところですか?ここから、とても遠いのですか?俺は、みょうじさんに、会って、伝えたいことがあります。お返事、待っています」

返信に載っていた地名はここから電車で2時間くらい。確かに烏野に通うのは厳しいかも知れないが、会えない場所では全くない。
俺は、顔がゆるむのを必死にこらえながら、返信した。

「空いている日を教えてくれませんか?会いに行きます。菅原」


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