※成人設定、悲恋

昔から前向きな人間だと言われることが多かった。実際自分でもそう思っていた節はある。でもどんなに前向きな人間でも悩むことはあるし、失敗を恐れることだってある。過去に戻れたら、とかもしもこういう道を歩んでいたら、なんてことだって考えたりする。表ではいつもと同じ顔をするように心掛けて、実際は後ろ向きな事ばかりが頭を支配していたなんてことも普通にある。昔から一緒に居た及川や、同じ学年だった松川や花巻には見抜かれることもあった。でも言い返せばあいつらにもバレずに心の中に感情を溜め続けていたことだってあった。

そういう自分の性分もあったんだと思う。昔から色恋沙汰の感情は隠すことが多かった。俺は今でも、誰が誰を好きだとか、誰が誰に告白しただとか、誰が誰と付き合ってるだとかどうでもいいと思っている。昔から、自分が人を好きになったことを他人に打ち明けることに微妙な抵抗があった。でも別に人を好きだと思ったことがないわけではない。ついでに言えば告白をしたことがないわけでもなかったし、告白されたことがなかったわけでもない。「恋をする」というカテゴリーの中にある大体のステップは踏んできたつもりだ。でも、しっくり来る(と言ったら別れた女の子たちに失礼だろうが)恋愛をすることはなかった。原因は何となく分かっていた。自分が過去にある過ちを犯したからだ。自分の犯した過ちで、自分自身をひたすらに縛り続けているからだ。

及川たちに「誰かと付き合いだしたら教えてね!」なんて言われながら高校を卒業して4年弱経った今。就職先も決まり、卒論も提出し終わった。バイトをやりながらたまにバレーをする。そんなありきたりな毎日を送っていたのに、今この瞬間だけはありきたりの枠を超えている気がした。実際ものすごく特別な時間が流れていると思う。それは向こうもどうやら同じらしい。

「久しぶりだね」
「ほんと久々だな」

何千何万何十万と人が溢れるこの街で、文字通り久々にみょうじと会ったのは数分前のこと。家に帰ろうと歩いていたら声をかけられたのだ。正直いきなり「岩泉くんだよね?」と声をかけられたから眉間に皺が寄った。でも声の主に目をやって、眉間の皺が一瞬で綺麗にとれたのが自分でも分かった。

「高校卒業してから会ってなかったもんね」
「だな」
「岩泉くんは元気にしてた?」
「おう。みょうじは?」
「私も元気だったよ」

あの時、俺が好きになった笑顔と変わらない笑顔が光る。目を細めながら楽しそうに。胸の奥が高鳴っていくことに気が付いて、思わず苦笑いする。相変わらず俺の心はみょうじに向いているらしい。高校の時からずっと変わらずに、俺はみょうじのことが好きなのだ。でも、俺にはみょうじに告白する資格はない。それもそのはずだ。

「私、岩泉くんが好きです」
「…わりぃ。今は部活に集中したいんだ」

フラッシュバックされる光景に、高鳴っていた胸がキリリと痛む。今でも、過去の自分を殴りたいと思う。あの時から、いやみょうじが告白する前からずっと俺はみょうじだけを見てきていた。それなのに、意味の分からない言葉を吐き捨てた。何であの時の俺はあんなことを言ったのだろう。素直に俺も好きだと言えば良かったのに、何であんなことを言ってしまったのだろう。何度問いてもあの時の俺は何も答えない。あの時の俺は、未だにずっと歯を食い縛っているだけだ。同様に、今の俺も歯を食い縛ることしか出来ない。

きっと及川たちに今の状況を言ったら告白しちゃえばいいじゃんとか言われるんだと思う。正直、俺もそう思った。さっき会ったばかりでいきなりなことかもしれないけど、こんなチャンスはもう二度と来ない。だから今告白すればいいのかもしれない。でも俺はやっぱり、みょうじに自分の思いを告げるなんて出来なかった。そもそも何て言えばいいのか分からなかった。「俺も好きだったんだ」?「あの時はごめん」?そんなちっぽけでありきたりな言葉を並べれば済む問題なのだろうか。そんな簡単な言葉で、みょうじの勇気をなかったことのようにしていいのだろうか。そして俺が思いを告げられなかった理由の決定打は、

「あれなまえ、…と岩泉じゃん」
「おう花巻。久々だな」
「貴大!」
「何、俺のなまえに手でも出してたー?」
「違うよ!私が声をかけたの!」
「へー。ってか岩泉は帰りの最中ってトコ?」
「おう」
「あ、そうだったんだ。ごめんね、引き留めちゃって」

申し訳なさそうに笑ってから、花巻にまた茶化されて笑う。俺に向けられた笑顔とは違った笑顔。さっきまで俺に向いていた笑顔と同じ笑顔なはずなのに、違う笑顔のように見える。俺が好きになった笑顔が瞼の裏で色褪せていく。胸の奥に高く積まれていた感情の積み木がガラガラガラと音を立てて崩れ落ちる。でもその音は俺にしか聞こえない。

「俺、今からなまえと俺ん家で鍋食うんだけど岩泉も来る?」
「いや、遠慮しとく」

花巻が笑いながら今度またバレーしようぜなんて笑いながらみょうじの手を握る。そのまま絡まる指に一瞬目をやってから、俺はいいぞと首を縦に振った。そんじゃと言いながら花巻とみょうじが俺に背中を向ける。周りに立ち並ぶ店から発せられた数々のライトが、2人の手を照らす。キラリと光ったそれに、俺は目を瞑る。そして2人の未来永劫の幸せを願った。


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