――傷ついて傷つけた後に必ず胸の中にしこりを残す。それをよくわかっているのに、私達はやっぱり同じことを繰り返す。


私と衛輔はよくケンカをする。それはきっと、どちらも気が強いからで。我慢できないことを流すことや、透明にして心の中に置いておくことがどちらも苦手だからだ。今回も、些細な理由だった。すれ違う生活が続いている中で、衛輔が後輩の女の子を介抱しているところにばったり遭遇した。面倒見のいい彼のことだ。きっと飲み会で潰れた後輩を放っておけなかっただけだと頭の中ではわかっていた。でも、抱え込むようにして彼女の身体に腕を通す衛輔にお腹の底からカッとするような苛立ちを覚えてしまった。


「ちょうどよかった!なまえ、ちょっと手貸して」
「……うん」


助かったというように表情を緩める衛輔に心がささくれだっていくのを感じた。わかってるのに、飲み込めない。それがすごく嫌で、情けなくて、惨めで、悔しくて。マフラーの下できゅっと唇を噛んだ。

二人で後輩を送り届けて、寝かしつけてから彼女の部屋を後にした。寒々しい夜道を二人分の足音を響かせながら歩く。吐き出された息がつくる靄はまるで私の心の中を見ているようで、私はマフラーに顔を埋めたまま黙り込んでいた。


「なに怒ってんの?」


玄関を締めて、外の世界と遮断されてからすぐに、衛輔は聞いてきた。優しくもないけど、刺々しいわけでもない口調が彼らしい。私は靴を脱ぎながら「言いたくない」とだけ返してリビングに向かった。だって、本当に言いたくない。こんな小さなことで苛々する自分が悪いんだって思うもの。それでもピリピリとした空気を静めることことが出来なくて、多分それが衛輔を苛立たせた。


「言わなきゃわかんないだろ」


先程よりも棘のある声だった。わかってる。衛輔はこういうことをうやむやにしておけない性格だってことも。そんな声を出させてるのは自分だってことも。だけど、さあ。必死で静めようとしているのに、そんな言い方されたらまたささくれが増えるじゃんか。
解消されなかった苛立ちが、沸々とお腹の底からまた湧いてくる。その苛立ちは、情けないことに涙となって表れてしまった。ぼろぼろと、涙が落ちる。嗚咽を噛み殺すように呼吸を潜めていたのに、衛輔は気づいて覗きこんできた。険しい顔をしながら頬に這わせた手つきは優しくて。それにまた涙が落ちた。


「泣いてたってわかんねーよ」
「もっ、もりすけがっ……」


俺が、何?
少しだけやわらかくなった衛輔の声に、ささくれが少しずつ治っていくような気がした。息をゆっくり吸い込んでもう一度口を開いた。


「久しぶりに会った衛輔が、他の女の子抱えてるからっ……」


――仕方ないことだってわかってるけど、それでも。あなたに会いたくて触れたくて仕方ない、寂しい夜を越えてきたから。

情けなくて、子どもじみていて、醜い嫉妬を言葉にしたら、嫌だって気持ちがどんどん膨れ上がって、涙が次々に落ちてきた。気まずくて足許を見つめていると、衛輔が私の腕を引いて抱き寄せた。男の子にしては小柄な衛輔の肩のところに頭を乗せる。


「ごめん、なまえ」


それは、きっと私が言いたくないと思っていた気持ちも汲んでくれての「ごめん」だった。ぎゅっと抱きしめる力が強くなって、少し高い衛輔の体温に安心して力が抜けていく。固く握りしめていた手を解いて、意外と広い衛輔の背にそっと腕を回した。もう、いい。わかってるから、ごめん以外の言葉はいらない。衛輔は私の手首を掴むと、そっと上にあげて掌を見た。そしてかわいい眉を垂らした。


「痕ついてんじゃん」
「……握ってたから、かな」
「ごめん」


もう一度ちいさく呟いた衛輔の表情は悔しそうに歪んでいて。ああ、衛輔も後悔してるのかなと思ったら何故だか少しだけ嬉しくなった。綺麗とは言えないけど、とても人間らしい感情を私達は互いに持てているね。

爪痕が残る掌に、衛輔が唇をそっと押し当てた。労わるように優しい触れ方にむず痒くなりながらも、上目遣いのように見上げてくる衛輔の双眸に熱っぽさを感じて。寂しさを埋めてほしくなって、同じ熱量で彼を見つめた。


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