後で自分が後悔しないように行動しろ、と言われるが自分のこの短い人生では行動して後悔したことの方が多い気がする。いや、まあテスト直前になってからあの時もう少し勉強すればよかった、とか考えることはあるけれども。圧倒的に後悔の内容を占めるのはあの時、ああしなければよかったのに、なんていう行動の後悔。なまじ人を纏める立場に居たこともあるからか、言葉の掛け方を失敗したなぁなんて後悔したことも何度かあった。なまものであり生き物でもある言葉を操るなんてこの歳で巧くできっこない。出来る筈がない。いつだって最善の、最良の台詞を探して吐いてみるけれども選択を誤ることが殆ど。じゃあ、今は一体どうすればいいのだろう。


泣いている。そんなとこ今までに見たことがないから驚いた。厳密に言えばまだ泣いていないが、あの、マネージャーが泣いている。きらりと目が煌めいた。見える横顔に表情は浮かんでいない。酷く虚ろだ。三角座りをしてぼうっと空を見つめている。焦点の合わない目線。その、瞳だけがうるりと潤んでいた。その潤いで光が反射する。今にも滴を落としてしまいそうなぐらいに水分が溜まっていた。


「どうした」


堪らず声を掛けた。びく、と肩が跳ねて此方を見た瞳。己が捉えられたと理解した、その途端とうとうぼろりと涙が零れた。目線を合わせようと正面にしゃがむ。彼女は一時も視線を外さない。パチリパチリと瞬きをするだけだ。その拍子にぼろぼろと涙を溢しながら見つめてくる。
涙を流している女の子の扱い方なんて知らない。女性に対する免疫が強い訳ではないし。発見したのが二口だったならば別の話で、直ぐ様宥めたりするのだろうけど。ましてや、3年間共にしてきた彼女が初めて己の前で泣いているのだ。それはそれは動揺する。
流れる滴を拭おうともしないから、ハンカチを持っていない自分を呪いつつ、ちょっとごめんね、なんて言ってジャージの袖を使い、なるだけ優しく頬へ滑らせた。少し身を固くしたのが伝わってきたけれど、それも一瞬のことですぐに強張りを解いた。柔らかな反発を寄越す肌にどきりとした。反対に手に触れるジャージが湿ってゆく感触はなんとも、形容し難いものだった。


「茂庭たちと、茂庭とこのままずっと一緒に居られたらいいのに」


泣いてるなんて感じられないようないつも通りの彼女の声音に自分は情けない声を出しそうになった。ひくり、と震える喉。みっともなく、口を開いたままの自分を見ている彼女の瞳からは涙が流れ続けている。はくはくと口を動かすが、言葉が吐けない。頭が回らない。いつの間にか涙を拭う手の動きは止まっていた。


「ううん、なんでもない」


自分の役立たずな手をやんわりと制し、立ち上がりながら彼女は言った。泣きながら笑って。さっきとはまるで違う、涙で震える声で。
喉が、心が、息苦しいと悲鳴を上げた。


静かに、でも確かに震え、泣きながら彼女が去っていく。なんにも出来ない俺を残したままに。何か、俺が自分から話していればあんな表情はしなかったのか。追いかけよう、なんて思えなかった。右の袖口がじっとりと重く湿っている。ただただ、このままがいいと話す声と泣き笑う顔だけがぐるぐると思考を占めていた。


久しぶりに、行動しなかったことを後悔した。


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