ゆっくりと浮上する意識と同時に冷たいシーツは私の胸にどうしようもない痛みを与える。

「…蛍」

昨日私はどうしてあんな事を言ってしまったのだろうか。








高校生の頃同級生だった月島蛍は女子の間でそれはそれは人気で整った顔とずっとヘッドフォンをして目を瞑っているクール加減はそれに拍車を掛けていた。他人との過度な交渉を嫌う彼は何故か私のことを気に入ってくれて女子の中では一緒にいる時間が一番多かった。
そんな彼と同じ大学に入ると学部は違くともやっぱり一緒にいる時間は増えるわけで…

「みょうじ」
「んー?」
「俺の彼女にしてあげてもいいけど」
「…っ?!ゲホッゴホッ」
「うわー…汚いな」
「だ、だって月島が…!!」

カフェでラテを飲んでいる最中にそう言ってニヤニヤして来る辺り本当に性格が悪いと思った。密かに月島に憧れてもいた私は抑えつけていた気持ちを抑えるのを止めて彼の彼女になった。それから6年。順調な付き合いは続いて社会人2年目。

「人事の月島さんって別社に彼女いるんでしょ?」
「え…?」
「え、知らなかった?みょうじさん高校から一緒って聞いてたから知ってるかと思ったけど」
「いや…まあ…」

一瞬止まった意識を必死に働かせて表情筋を動かす。

「でも月島さんの友達ってだけで羨ましいよ〜」
「あはは…」
「会社に月島さんのファンクラブも出来かけてるらしいよ?社会人なのに何やってんのって感じだよね〜」

全くその通りだと思う。しかし私はその話に食いつく余裕は無かったのだ。だって彼女は…

「私じゃん…」
「ん?みょうじさん何か言った?」
「い、いえ!」









「みょうじ、行くよ」
「あ!うん、ちょっと待って!」

仕事後私がいる秘書課が最も色めき立つのは蛍が私を迎えに来る時だ。毎週金曜日に蛍と交互に互いの家に泊まるからそれは恒例行事となっている。

「月島さぁん、本当にみょうじさんと付き合ってないんですか〜?」
「はは、みょうじはただの幼馴染の様なものですよ。家が近いので。」

嘘だ。だって反対方面だもん。

「みょうじ、準備出来た?」
「うんお待たせ」
「じゃあお疲れ様でした」

黄色い歓声を背に蛍は会社を出て暫く歩いてからため息を吐いた。

「本当…なんで秘書課って毎度毎度ああなわけ。良く飽きないよね」
「本当だよね」
「大体彼女居るってのにしつこい」

その言葉が昼間聞いたことを思い出させて胸がチクッとする。

『月島さんって別社に彼女いるんでしょ?』

「…」
「なまえ?」
「へっ?」
「何ボーッとしてるの。阿保がもっと阿保に見えるけど」
「あっ、ご、ごめん!」
「…」
「?なに?」
「いつもは阿保じゃないって言う癖に…何かあったわけ?」
「え…別に?」
「…あっそ」

興味を無くしたようにまた前を向いて歩き出した蛍の隣に着いて歩く。
暫く歩いて私のマンションに着くと蛍は慣れたようにエレベーターのボタンを押して乗り込む。

「いい加減行ったり来たり面倒だからこっち来れば?」
「え?」
「家。引っ越して僕の部屋来ればって言ってんの」
「!」

私の方を見ようともしない蛍はそう言ってエレベーターを降りる。同棲しようと言ってくれるのは凄く嬉しい。いつもだったら絶対抱き着いて好きだと連呼しているだろう。

「鍵」
「あ、はい!」

ドアを開けて中に先に入った蛍に急いで続くと蛍はソファーに座って寛ぎ出す。さっき帰り際に買った夕食をテレビの前のテーブルで開いてソファーで食べる蛍の隣に座って同じ様にするものの、味が全くしない。最悪だ。

「ごちそうさまでした」
「ん、なまえ先に風呂入ってくれば」
「うんそうするね」

食事を済ませて先にお風呂に入らせてもらうと心が少しは落ち着く気がした。冷え切った手足を温かい風呂に浸けてから身体を一気に滑り込ませる。

「一緒に住もう…かぁ…」

確かに毎日一緒にいても何処ぞの若輩カップルの様に破局はしない自信がある。6年の付き合いは伊達にして来たものではない。喧嘩だってしたし誤解やら何やら色々あった。でも…

「…うー」

蛍は会社で私が彼女だということを隠したがる。苗字で呼んで来るし別社に彼女がいるだなんて嘘もついて…

「どうして…」

悲しくなってしまった気持ちを忘れるように思い切り頭を洗って風呂を出た。









「ベッド独占してないでズレてよ」
「ん」
「っはー」

蛍が横になると蛍の身体から私と同じ石鹸の匂いがする。今までそれはどうしようもなく蛍は私のものだと思わせる気がして嬉しくなっていた。

「…蛍は、私が彼女じゃ恥ずかしい?」
「は?何急に」
「だって会社で隠そうとするから…」
「別に関係なくない」
「でも、別社に彼女いるって何?蛍の彼女は私だよね?!」
「…どうしたのなまえ」

私が蛍に掴みかかると蛍は目を見開く。

「ねぇ、なんでそんな事言ったの?」
「…なまえ」
「6年前から彼女って私だよね?違うの?唯の幼馴染なの?本当に?」
「ちょっと…なまえ」

ボロボロと泣き始めると蛍は深くため息をついてボソッと漏らした。

「なまえだったらわかってると思ったけど」
「分かってる、って、何?」
「別に」
「蛍っ!」
「…なまえの為の嘘だってあるでしょ。ちょっとは考えなよ」
「な…にそれ…私の為の嘘ってなに?嘘に誰のためとかあるわけ?」
「はぁ…なまえってそんな性格だったっけ?」
「ずっとこうだけど」
「うざ…」
「っ」

蛍はベッドから降りると帰ると言ってリビングに向かった。数分後に聞こえたバタンというドアが閉じる音が終わりを告げている気がした。
落ち着いて考えてみれば会社で人気の蛍の彼女だなんて言われたら私が秘書課でどういう目に合うか分からない。蛍は人事課だから私を守れるわけでもない。それでも…

「蛍…っ」

私を守ろうとした嘘を受け入れれば罪悪感が代わりとなってのしかかってきて潰れそうな胸を抑える。
朝からこんな思いをするのはいつぶりだろうか。

「このままじゃ後悔しかしないよね…」

今まで喧嘩なんて何回もあった。だからまた…

「ありがとうとごめんなさいと同棲したい、って言って…それから…」

また彼の彼女にしてもらうんだ。


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