高校で過ごした三年間は誰にとっても特別なものだと思う。楽しかった思い出も苦しかった思い出も数え切れないほどたくさんあって、卒業から4年経った今会いたい人もそうでない人もたくさんいる。私にとっての彼はその両方であり且つどちらでもないという実に青春くさく曖昧な存在で、私はある程度の覚悟を決めて今日この同窓会へ来たつもりだったのに、いざ会が始まってみると急に彼の顔を見るのが怖くなってほんの数十分も経たずにテラスに逃げ出しているのだからいっそ笑えてしまう。会場から辛うじて持ってきたグラスがやけに冷たく感じられるのは、私が冷静でない証拠なのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていれば不意にあの声が鼓膜を震わせて、自分が冷静であるか否かと気にする余裕なんて一瞬でどこかへ飛んでいってしまった。

「よお」

制服や上履きと一緒にとっくのとうに置いてきぼりにしてきた声は、まるでしまっておきたかったいろんなものを一気に引き連れて再び私の前に現れたようで。どくんどくんなんて大袈裟に騒ぎ立てる心臓は知らないふりをして振り向いた。

「久しぶり、黒尾くん」
「おー。元気?」
「うん。黒尾くんも元気そうで」
「頑丈なのが売りなもので」

黒尾くんはそう言って軽く笑った。私の横に並んだ彼をそっと盗み見ると、4年越しだというのに見た目はあまり変わっていない。ただ少し背が伸びて、髪がワックスで整えられているくらいか。といっても根本的な髪型は私が知っている彼のままだから、ほんの申し訳程度のものなのだけれど。

「何、そんなにじーっと見て」
「んー」
「かっこよくなったクロ君に見惚れちゃった?」
「相変わらず寝癖ひどいなあって」
「そっちかよ。残念でした、これはセットです」
「セットなら右側にだけ前髪流すのやめなよ」
「イケてない?」
「イケてない」

拍子抜けするくらいに黒尾くんは黒尾くんで、私だけが悶々としていたのだと思うと途端に馬鹿馬鹿しくなってしまった。何気なく見上げた夜空には星がひとつ、ふたつ。雲の隙間から光を繋いで、まるで一夜限りの逢瀬のよう。

「なあ」
「なに?」
「俺らずっと席隣だったよな」
「そうだね」
「委員会も一緒で」
「うん」
「二人揃ってよく早弁して」
「…それは思い出さなくてもいいんじゃないかな」
「みょうじといると楽しかった」
「…うん」
「あの頃、お前のことすげー好きだったわ」

そうやって彼は私のくだらない努力を全部壊していく。どうしてそんなことを今更になって言うのだろう。あの頃どれだけ願っても、何度枕を濡らしても結局くれることはなかった二文字を、どうして今更なんでもないように突き付けるのだろう。嬉しいんだか悲しいんだか腹立たしいんだか、いろいろな感情がぐるぐると混ざり合って自分でもよく分からない。それなのにようやく絞り出した声はすんと落ち着いていて、ああ、これが大人になったということなのかもしれない。

「私も黒尾くんのこと、嫌いじゃなかったよ」
「そ」

知ってる。そうやってまた笑う彼の表情から真意を読み取ろうなんて無駄な試みで。だから私も一番大切なことはこの先もきっと伝えない。それでも彼のことをいつまでも忘れられないのは、悔しいけれど彼が私にとって最も近しく大きな存在だからなのだろう。あなたに恋をしたのはもう過去の話だと。藍色の空に溶け込んだグラスを傾けると、コーラルピンクのカクテルはいつの間にかぬるくなっていた。


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