腹部に感じた衝撃にうっすらと片目を開けた。
こんな日付も変わろうかという時間に俺を起こす人なんて一人しかいない。


「なまえさん」
「おはよう、国見ちゃん。素敵な夜だよ!」


 ごろごろと雷の音がする嵐の夜が素敵とは、なまえさんの感性は分からないものだ。
深夜の豪雨にも負けないテンションで俺を起こした。
唐突に光った雷に照らされたその顔はにんまりと満面の笑みで、二つ年上なのが信じられないくらい子供っぽかった。
 記録的豪雨になるとかで会社が休みになった先輩はハイテンションにアルコールを摂取していた。
変に酒に強い先輩は酔うというよりは、テンションがいつもより上がるだけで行動はしっかりしている。


「一週間の真ん中がおやすみってありがたいよねぇ」


 チューハイ片手にそう言っていたなまえさんの相手をしがてら俺は眠りに就いたはずなのにまた起こされるってどういう事なんだ。
けらけら笑う顔は仄かに赤い。
アルコール抜けてから来てくださいよ、この酔っ払い。


「なんかあれだね。嵐の夜に、だね!」
「はぁ」


 また随分と懐かしい児童向け文学を持ち出したものだ。
嵐の夜に出会った狼と羊の話。


「なんでもいいですけど善良な子羊ちゃんである俺は眠いんで、狼のなまえさんはさっさと夜這いをやめて寝てください」
「性欲薄っ!!って違うから!夜這いって言うよりは修学旅行の中学生テンションだから!!」
「どっちにしろ迷惑です」


 夜這いの方はそうでもないけど。
十二時間睡眠でも足りてない俺だから本当に早く寝て欲しい。
それからいつまでも腹の上に乗られていると流石に苦しい。


「上から退いてください」
「じゃあ隣に入れて」


 言われたとおりに隣を空けてスペースを広げてやるとなまえさんはクスクス笑いながら「国見のここ、空いてますよ。だねー」と意味の分からないことを言っていた。
何が面白いのかさっぱり分からない。
 眠いせいで仏頂面をしていたらなまえさんは俺の頬を手の平で包み込んでへらへら笑っていた。


「国見ちゃん、おこなの?」
「……おこ、ですよ。それからちゃん呼びはやめてください。俺は男です」
「だって国見ちゃん可愛いんだもん」
「だもん、じゃないです。なまえさん?」
「……英くん」
「はい、それでいいです」


 ぽふりと胸元に飛び込んできた丸くて小さな頭部をぼんやりと見つめる。
ひどい雨の音と時々光る雷様はブランケットという殻に包まれていると、ただの子守唄のように聞こえてウトウトと瞼を閉じかけた。


「ねないでー」
「……えー」
「物知り英くんに質問ー!」


 なんかこの騒がしい感じは烏野の影山と日向みたいだった。
ギャーギャーうるさい二人は一緒にバレーやってんのかな。
俺のあまりの反応の無さになまえさんは、これで最後にするからー、とかちゃんと寝るからちょっとだけ起きててよぅ、と喚いていた。
半目でうっすらとなまえさんを見つめると嬉しそうに笑っていた。


「さっきお酒飲んでて思ったんだけどー。何で英くんは私の事が好きになって、あまつさえ同棲もしてるんだろうなー、と宇宙的思考に陥ってしまいまして」
「それは……分かっているでしょう」
「英くんの事は、英くんにしか分からないよ」


 子供っぽい喋り方で物事の核心を突くこの人らしい言葉だった。
真っ直ぐに見つめてくるので、これは言うまで眠らせてくれないな、と思った。
なまえさんの耳元に囁きかける。
 ドンッ!!、と大きな音が聞こえて俺の声は掻き消されてしまったけれど、なまえさんにだけはちゃんと届いたようだった。
テレッと表情を緩ませてニコニコ笑うこの人の顔を見ていたらなんだか恥ずかしくなって目を閉じた。


「ふふふー、あったかいねぇ。幸せだねぇ」


 嵐の夜でも英くんとなら最高の夜だね。
くぐもった声から伝わった暖かな熱に安堵を感じて、意識が遠い所に沈んでいく心地がした。
最後に一目見てから眠りに就こうと思って、瞼を押し上げるとそこには静かに微笑むなまえさんがいた。


「おやすみ、英くん」


 舌足らずな声で、子供みたいな声音で大人の表情をしたなまえさんの顔を最後に眠りに落ちた。
 今日もまた神様の水曜日がやってくる。


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