ただ純粋に年齢が二つ違うと言うことと、学校の学年的に二つ違うと言うのとでは大分意味が変わると思う。だって俺はもうこの冬を越せば本当に卒業してしまうのに、俺より幾らか年の若い生徒たちは別れを経てから出逢うものが沢山ある。実際は俺の方が先にそれを繰り返してきただけという事実なのだけれど、それでも。自分がもし、もしもだ、なまえと同学年だったなら。先輩後輩という、崩すことが不可能に近い隔たりなんて元から無かったとしたのなら。



ーーもうすぐ師走へと移り変わる手前、十一月下旬の校舎はかなりの冷えを伴っていた。登下校時にはマフラーを必要とするし、カーディガンを制服の下に着ていても寒気を感じる程である。足掻きようもなく日に日に増す寒冷に若干の憂鬱を覚え、眉を潜めた。

冬は好きだ、だけど嫌い。
とてもあやふやで不確かな感情は結局、どちらにも傾くことはない。
温かさを求めてなまえと寄り添ったりくっついたりするのは良いし、大歓迎だ。だがそもそもの話、自身の生まれが夏真っ盛りとなれば自然と相反する季節に苦手意識を抱いてしまう。暑いのと寒いのとでは訳が違うのだ、どうしても冬に対しての抵抗感がある。
その背景に何があるのかを俺はもう見出だしてしまっているけど、どうしてもそれに気付きたくなくて無理矢理蓋を被せた。負の感情を閉じ込めている箱の隙間からは時折洩れだしそうになったけど、それも自力で追いやる。

ふと窓を見れば、ゆっくりと濃いオレンジ色が校舎を照らしていた。

どうやら俺は自分が思うより感傷的らしい。午前中の白く眩しい姿とは反対の、温かみを感じる校舎に鼻の奥がツンとした。いけない、早く行かなければ。そう思っているのになかなか身体は動かなくて、暫くその場で佇んでから漸く階段を降りてなまえが待っているであろう一年三組に向かった。

「なまえ、」

彼女は自分の教室で大人しくしていた。否、静かに眠っていた。なまえはたまに茶目っ気たっぷりにからかってくるときがあるから、俺が来たと同時に何かやらかすのかと思っていたがそうでもないらしい。これは確実に熟睡だ。
うつ伏せになりゆっくりと上下する背中に声をかけるも反応は無い。
もう一度、彼女の名前を耳元で囁いてみる。しかし先程同様、ただ規則正しい寝息が聴こえてくるだけだった。

それはまるで世界には俺となまえしか存在していないような錯覚に陥らせて。別の次元が二人を包み込んでいるのだ、とそんな夢物語にも似た甘い目眩に襲われた。しかしそんな束の間の幸福感は、ぱちんとシャボン玉のように弾けてしまう。

「あれ、」
「…起きた?」

暫く髪の毛を指に巻き付けて暇を弄んでいると、なまえはもぞもぞと顔を出し、微睡む瞳を此方へ向けた。人差し指に巻いていた髪の毛はその反動でしゅるんと音を立ててもとの居場所に戻ってしまい、心なしか寂しく思える。

「うん…あ、ごめん待ってて」
「急がなくて良いよ」

なまえはどうやら日誌を下に腕を組んで寝ていたらしく、俺が此処にいるということをバッチリ認識すると、直ぐに職員室へと向かっていった。


自分がこんなに臆病だということを知ったのは、なまえに出逢ってからだった。本当に一分一秒が大切に思える今は尚更だ。「好き」の中にも沢山の感情が渦巻くことも、すべてなまえから学んだことである。俺よりも小さくて華奢な女の子が、俺の世界に色を付けていったのだ。

例えば俺がこの学校からいなくなったとして。もう、君の姿を探すことが出来なくなったとして。俺は確かにこの胸をこがすような思いにかられてしまうだろうけど、君も同じ気持ちでいてくれるだろうか。この張り裂けてしまう程に膨らんだ「好き」は、雪のようにただただ降り積もるだけにならないだろうか。

「お待たせ、帰ろう」

急がなくて良いと言ったのに、なまえは走って帰ってきた。その表情は弾んでいるようなのに、俺はまだ此処から離れる気になれなかった。帰らなきゃいけないことは解っている。…でも、今だけは。
頭で考えるよりも早く、脊髄反射のように腕が動いた。

「…とお、る?」

ぱしりと掴んだなまえの手首は思ったよりも細くそのまま自分の方に力を込めて引けば、なまえは呆気なく俺の胸に収まった。
ふわふわして、小さくて。ああ、女の子だなぁ。なんて。

「とおる」と自身の名前を呼ぶソプラノに「…んー」と子供が拗ねたように返事をすればクスクスと笑われた。

「…徹が何思ってるのか、半分くらいしか分からないけど」

…半分って何だよバカ。そこは全部って言えば良いのに。でも素直なところが憎らしい程可愛いんだ。
ぎゅ、なまえを抱き締める腕に力を込める。

「私はね、徹が好きだよ」

ぱちり、頑なに力を込めていた瞼は、まるで最初から力など入っていなかったかのように見開かれた。

自分の肩口に顔を埋めながら呟かれた言葉は、ふわふわとして頼りなさ気なのにしっかりと現実味を帯びている。
「だからそんな哀しいかお、見せないで」背中の布を掴むなまえの手がピクリと震えた。哀しいかおだなんて、なまえだって表情を伺わなくても解るくらい十分寂しそうな声色だ。
その言葉がこれからやってくる冬の訪れに嘆くものではないことくらい、俺にも分かってる。けれどやっぱり寂しいんだと訴えるようにそろりそろりと身体を離して見れば、なまえは酷く優しくて穏やかな笑顔を浮かべているから。自分がこれまで散々悩んでいたことが本当に馬鹿馬鹿しく思えて仕方がなくなってしまった。

ね?と呟いて俺の頬にてのひらをくっつけるなまえがあまりにも愛しくて、愛しくて。

ああ、もう叶わないな、つられてへにゃりと目を細めればなまえもにっこりと冬の寒さをやさしくとかすお日さまのように破顔した。


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