ウェイカウェイカ朝です起きろ、目の覚ます時分ですよ、まだ微睡むようだったらその横っ面叩いて目を覚まさせてやるから。
意味が分からないでしょう。何が私の中におこっているか、理解する日は永遠に来ない。
自分でも分からない。唯、刻が来たとだけ。
ちいさな手を二人でつないで歩いたね、あの公園。
「だいちゃん」
したったらずの口から慣れ親しんだ愛称が、五分と待たず私の口から飛び出して。
私の世界は貴方のみでした。
「うん、いこうか」
貴方の手はあたたかでした。ザンバラで固い髪をした私の幼馴染。
私の伸ばした髪に指を通すのがお気に入りの癖だった。

「大ちゃん、大ちゃん」
「はいはい、いきましょうかね」
うん、とおもいっきりうなずいて、スキップして定位置の左側。
差し出された手を取って。
「何か、いいことあったの」
「どうして?」
「うん、ちょっとねー。すっごくいいこと、あとで、大ちゃんにも教えてあげる」
「っそー。じゃあ、あとで教えて頂けますかね」
「うんっ、きっとびっくりするから」
「こらこら、引っ張らない。今日はうちで食べていくだろ?今日はうちも仕事だし」
「だねー、あーもうご飯の話しないでよ。お腹空いてきちゃうじゃない」
「ちなみに今日は澤村家特製、親子丼です」
「もーやーめーてーよ!まだ五時前だっていうのに」
「そのまえに今日はテスト勉強な」
「もう、いじわるだなあ」

何故かな。大地と手をつないでるとね。嬉しい気分になって、
「うふふー」
「やけに今日はごきげんだな」
「大ちゃんとてーつなぐの好きー。大ちゃん大好きーー!!」
「それは光栄」
「だから、大盛りで頼む」
「はは、食べ物に関しちゃ手段無しだな」
「そーんなことないよう、本心だよう」
「はいはい、俺も俺も」
心も体も浮き上がっちゃう。ふわふわして、いてもたってもいられなくなる。
昔から、ずっと、たぶん恐竜が絶滅する前の前の前から、大地の左手は私の右手のモノ。
長く伸びる二つの陰。ブランコのきーきーと鉄が擦れる音。
迎えが来ない子供。沈む夕日を背に、一人で砂場を弄る。また一人、一人と、子供が減る。母親が名前を呼んで、腕の中に飛び込む、無邪気な顔。怨嗟の気持ちで地面と睨めっこして、涙をぐっと我慢していた。
「一緒に帰ろうよ」
「だいちゃん」
「知ってる?俺たち、家が近所なんだ。俺のお母さん、今日は居るから、連れて来いって。
今日はさ、俺のお母さん貸してあげる。特別だから。だから、」
泣かないで。

泥だらけの手を恥ずかしそうにズボンで拭いて、置く目もなく、泣いている女の子に差し出す。昔からそうだった。大地は酷くやさしくて、あったかくて、お日様の匂いがする。
「大ちゃん、あの公園、覚えてる?いつも一緒に遊んでた。
大ちゃんは、いっつも、私が来るのを待ってくれたよね」
行こう、その公園に行こう。今すぐ行こう。
ぱっとした私の思い付きに嘆息しながらも、いつものことと頭を掻きながらしょうがないと私の先導についてくる。手はつないだまま、いつまでも、いつまでも、繋がれた。
私達の陰、この日も、妬けるような夕暮れ。なにが特別でもない。
あの、今も色あせぬあの時の大地の背中。涙まじりで霞んだ視界。それが今に繋がっている。
大ちゃん、大ちゃん、私と、ずっと一緒にいてね。ひとりにしないでね。
私を嫌わないでね。置いてかないで。ずっと私と遊んで。私よりも仲良い子作っちゃいやだよ。約束だよ。絶対だよ。
うん、うん、わかった。何度もうなずいてくれた。力強い腕が私の力の入らない体を必死に引き上げようと、温かい所へ戻そうと切実な子供の真剣さで、私のSOSを拒否しないでくれた。風に拭われる涙。結局遅くなってしまって、何やってたの、と一緒に怒られてくれた。
あの時の約束を今も大地は大切に守ってくれている。
だから、だから、私も大地を大切にしたいんだよ。


「ちっこい頃は広く感じたけど、未だと狭く感じるな」
「だねー、懐かしい」

夕日は最後の輝きを赤く赤く、その向うに闇を隠して。
私達は、ブランコを引く。きーこきーこ。こんなことがあったね。あんなことがあった。
まるで、二度と会えない遠くにいく恋人を名残惜しむように、あのころの思い出は、それから、ずっと、いままでも、そう、これからも、ずーとずーっと。大切なものだから。

「ねえ」
「なーあーに」
「今日、なんか、ヘンじゃない?」
「そーおお?」
「なにかあった?」
「なーんにも」
「本当に?」
「本当に」
「本当?」
「気になる?」
「気になるよ、お前のことだもの」
「そっか」

ぎぎぎい、と頂点にいって、私を簡単に放り出す、ブランコ。
当たり前だ、私が手を離したんだもの。地面に綺麗に着地。がが、となる靴底。砂がはいる。振り返って、笑顔を。

「うれしい」

くるっと向き直って鉄の囲いに腰を任せる。ひとこと、ぽつりと私の名前。
何かを察した大地が瞠目してこちらを見ている。
なにかと思ったら、私、ヘンな顔してるんだろうな。勝手に唇が歪む。勘弁してほしい。
そういうの、大地は聡いんだから。でも、悲しいって、この胸のつぶれる様な物がさみしさなら、
私、本当に幸せ者だったんだなあ。
何かを言われる前に、言葉をはさむ。

「大ちゃん、バレー好き?今年、有望な一年生、入って来たんだってね。言ってたもんね、今度は本当に良い所まで行けるかもって、大ちゃん、夢だったんだもんね。春高、だっけ?
その為に、烏野高校にはいって、バレー部に入って、ずっと頑張って」

躍起になって部活を熟して、イキイキしている大地を見て、私は嬉しくなった。
自分のことのように嬉しかった。
ほっとしたの、やっと、大地のなかの輝く何かを見つけられたんだって。

「大ちゃん、だいすきだよ」

「大ちゃん、わたし、好きな人ができたの」

やっとその時が来たんだもの。
愛をささやきながら、他の人が好きだと嘯く。
この気持ちは、大地には分からないでしょうね。
私を優先してきた、優しいあなただから。
大好きだよ、だから、時が来たら、返してあげないといけないと思った。必要としている場所へ。必要とされている、私達の閉鎖された檻の様な世界から、もっともっと遠くへ、行って欲しい。

「勘違いされたくないから、明日から、一人で学校は行くことにするね」

「これがさっき言った、いいこと!
さーかえろ、もー話しこんでたら真っ暗になっちゃったよ。親子丼、おーもりでよろっ!」

ひっぱりせかす私に戸惑いながら、それでも従う大地。
薄闇に、帰路に就く私達。何時もと変わらぬ会話。そこに住まった一抹の不審とぎこちなさ。「まさかねえ」と感心を見せる大地の純粋な驚き。
からからと形だけは回る、中身のない会話と、いつも通りを崩さぬようにと自然にふるまおうとする二人の努力。紅を黒が浸食してしまったように。崩壊する世界は、戻らない。
右手が泣いている。さみしい、さみしい。
結局、私のそれは、依存か、執着か、愛着か、情か、友愛か、はたまた、長い長い甘酸っぱい片思いであったのか、何かの形になる事はなかったけれど。
誰よりも大切に思っている。
だからだから、そこに、愛、はあったんだと、私は思うんだよ。


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