関東と東北。東京と宮城。日本地図で見ても、けっこうな距離である。 わたしには、彼氏がいる。縁下力というなまえの男の子。真面目で優しくて、タレ目のかわいい男の子。わたしは梟谷の男バレのマネージャーをやっていて、彼は烏野の男バレの一員で、つまり、合宿のときに出会った。 周りの友達には、遠距離なんてイイコトないからやめときな、とも、遠距離乗り越えたらホントの愛だよ、とも言われた。確かに、社会人なら、いや、せめて大学生なら、どうにかなったかもしれないけど、高校生のわたしたちにとって、この距離はちょっと、厳しいものがある。 わたしたちをつないでいるのは、電波だけ。みんなの、今日の放課後遊びに行くんだとか、今度の土日お泊まりだから楽しみとか、あるいは、昨日はじめてキスをしただの、抱き合っただの、その類の話を聞くたび、胸のあたりがぎゅうっと締め付けられて、それから重たくなる。わたしだって、ちからくんと、そういうことしたい。そんなとき決まってわたしは、スマホのホーム画面の、緑の正方形に人差指で触れて、一番上にあるトークの履歴を見つめる。 『おやすみ また明日』 彼が画面に指をすべらせて、打ち込んだこの文字が、たまらなくいとしい。それと同時に、切なくもなる。無機物であるスマホですら、彼に触れてもらえるのに、わたしは。 真冬、クリスマスのイルミネーションが見える、辺鄙なところのバス停のベンチに、わたしは身を預けていた。みんな、クリスマスは、彼氏と遊ぶんだってさ。はは。対するわたしは、ひとりぼっちである。十二月、頭から大みそかまで、どうせ部活があるからと思って少しも予定を入れていなかった。それなのにゆうべ、幼馴染でありわれらが副主将である京治から、「ごめん、明日部活ない。体育館の点検日」と連絡が来た。何にもない日、まる一日、どうやって時間をつぶそうか。悩んだわたしは、買い物でもしようと、外に出たのである。 それが、予想以上に空しかった。どのお店に行っても、カップルか、友達どうし。こんなことなら京治を巻き込めばよかった、と思って、首を横に振った。きっとイヤがられるしそれに、ちからくんが、どう思うか。 結局買ったのは、前から欲しかったスニーカーを一足だけ。まだ明るいけど、すぐにバスに乗って、家に向かった。バスを降りて、なんだか、だるくなってしまって、ベンチに深く座り込んだ。そして、今に至る。 (会いたい なあ) あの合宿以降、一度も会っていない。距離が距離だから、しょうがない。それに彼もわたしも、部活で忙しい。分かっている。分かっているけど、寂しいものは、寂しい。 目を閉じて、息を吐いた。わたしのため息は、きっと、白くなって、のぼってゆく。頬が乾燥して痛い。鼻も痛いし、手も痛い。 いい加減、帰ろうか。 わたしがここに座って、たぶん七本目のバスが来た。重くてしょうがない腰を、上げようと思って、ベンチに手をついて、「なまえ?」と、わたしを呼ぶ声に、はっとして、顔を上げる。重そうなリュックを背負って、マフラーを巻いた、制服姿の男の子。 「なまえだ」 「ち、ちか」 名前を呼びきる前に、抱き締められた。中腰だったのを無理やり直立にさせられて、ちょっとだけ苦しい。薄着で寒くないのかな、宮城はもっと寒いのかな、だからこんな、平気そうなのかな。バスの、去っていく音がする。 「どうして」 「修学旅行で、このへんまで来てて。みんなに誤魔化して、来ちゃった」 男の子らしい、バレーで鍛えられた腕が、わたしの身体をしっかりと抱きとめてはなさない。うれしくて、肩にすりよって、思い切り息を吸う。ああ、ちからくんの、においがする。 「久しぶり」 「来るなら教えてよ、会えなかったらどーすんのよ」 「びっくりさせたくて」 普段の彼からは考えられないほど無鉄砲な行動だ。もしかすると事前に連絡をするということが頭からすっぽり抜け落ちてしまっていたのかもしれない。 わたしに、早く会いたいがあまりに。 もしもそうなら、なんてしあわせなことだろう。電波の繋がりが命綱となるような距離でも、これだけ想ってもらえるなら、わたしは何も要らない。車の通りが多いから、排気ガスのにおいがひどいし、空は重い灰色だし、あげく、わたしの顔は涙でぐずぐずだ。それでも、彼の体温を感じられている今この瞬間が、わたしの気持ちをどうしようもなく、まいあがらせる。 |