あの子はよく窓の外を眺めているから、授業中に彼女と俺の目が合うことなんてほとんどなかった。いつも、窓の外の遠いところを見つめている。だいたい彼女の頭の動きとかで、外の何かを追っているというのはわかっていたんだけど、それが何かはずっとわからずにいた。でも、わからなくたってよかった。彼女が俺に向ける笑顔が好きだったから。別に俺だけに向けられているわけじゃないけど、その笑顔が俺に向けてだと思うと、たまらないほど嬉しかったから。



「菅原くん、今日も練習頑張れ」

「ありがとう…苗字も、頑張って」



彼女はテニス部でよく部室の前で会ったりした。女子テニス部は華やかな雰囲気があるけど、その中でも苗字は際立ってかわいいと、そんな風に、誰にも言ったことはなかったけどずっと思ってた。また、部室の前の通路ですれ違う。ほんの少し、シトラスのいい香りがした。



「いーなースガさん、あんなかわいい人と友達で!まあ潔子さんの方が美しいっすけど!」

「あれ、女テニの主将さんっすよね?」

「そう、クラスメイトなんだ」



よく後輩にも羨ましがられたりして、それがまた少し誇らしくでいつも俺は笑顔で答えていた。でも、彼女に告白しようだとか、そんなことは微塵も考えたことがなかった。だって、彼女がそこにいて、俺のことを見つけてはにこりと微笑んで声をかけてくれることだけで、満足だったから。それを独り占めしようとも、自分だけに向けさせようとも、思っていなかったから。だから、この気持ちは大事に、そっとしまっていた。心の中に。



「あ、菅原くん」



あの日もそうだった。彼女は体育館の屋根で雨宿りをしていたんだ。テニスコートが使えなくなってとりあえずその日の練習はなかったらしい。俺はちょうど休憩だったから少し雨足を確かめようと外を覗いたら、そこには雨に少し濡れた苗字がいた。濡れた紙に、少しどきっとする。



「いいなあ、バレー部は屋内で」

「まあ、雨の日はいいよね…苗字は、もう帰るの」

「うん、まあ…バレー部の練習、いつ終わるの?」



彼女の隣に並んでそう質問すると、そんな答えが返ってきた。すぐに答えようとして、でもすぐに言葉に詰まった。苗字の頬が赤く染まっていた。何か隠すように、恥ずかしそうに。その表情の意味を、どうしてかずぐに察した。俺と彼女の肩が少し触れる。



「今日は六時半には終わると、思うけど」

「そっか…えっと、練習の後に女テニの部室に来てもらえるように、澤村くんに言っといてもらえる?かな」



彼女はよく窓の外を見ている日、そうだ。だいたいその時間の前はうちのクラスに大地が来る。体育の授業に行くついでに、練習のメニューについてとか、後輩のことについてとか、そういうことを少し話に俺の教室に来るのだ。そうか、いつも窓から見ていたのは、大地、だったんだ…。



「だめかな…」

「だめなんて事ないよ!もちろん、言っておくよ」



俺は慌てて笑顔を作った。すると、彼女は俺の大好きな、あの笑顔を俺に向けた。何を期待してたんだ俺は。俺だけの笑顔じゃなくていいって、思ってたじゃないか。告白しようだなんて思ったことないし、今だってそう思ってるはずだ、なのに…。触れる肩、今すぐずいと近づけば触れられる彼女の髪、唇…でも、こんなに近いのに、俺の何も届かない。俺たちがともにしているのは、空気くらい、なのか。



「ありがとう菅原くん。練習頑張ってね」



君が笑って俺も笑う。俺だけだったのかな、君を近くに感じていたのは。傘もなしに走って部室に向かう彼女の背中を見送る。「おいスガ、休憩終わりだぞ」背後から大地の声がしたけど振り返ることができなかった。ごめん、大地。今は、どうしてもお前の顔が見られない。


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