※R15



好きでもないのなら何故付き合うのだろうか、その場の雰囲気に流されたからか、それともただ恋人と呼べる存在に憧れを抱いていたからか、隣に眠るその無防備な寝顔をわたしに見せ付けた彼の頬に触れて、わたしも静かに瞳を閉じた。
中途半端の気持ちでの“ごめんなさい”だなんて絶対に言えない、それならば。




高校で出会った赤葦くんは、中学まで女子高に通っていたわたしにとってすごく気の合う初めて出来た男友達だった。
優しくて自分よりも他人に気を使う赤葦くんは何時だってわたしの心の支えになってくれた、きっと彼には悪い所など一つも無いのだと思う、ただわたしの気持ちが彼と付き合ってみて友達以上恋人未満でそれ以上に気持ちが高まらなかっただけであって、彼自身に問題があったのでは無くてわたし自身が軽い気持ちで赤葦くんと付き合った事に全ての問題があったのだと、今ではそう思える。



放課後、誰も居なくなった教室で夕日の暖かな橙色の蜜を纏った光を背に「好きだ。」とストレートに伝えられた赤葦くんからの言葉。
友達だとずっと思っていた赤葦くんがわたしの事を恋愛対象として見ていたなんて今の今まで気が付かなくてその言葉に衝撃が走った、それでもこれまで彼氏なんて作ったことも告白をされた経験も恋愛事態すらよく理解していなかった自分にとって赤葦くんのその想いが胸に響いて、気持ちが舞い上がってしまったのだと思う。
わたしの返事はまさに即答だった、赤葦くんとは気が合うしきっとこの先幸せになれる、嬉しいとその感情だけで特に悩む事も無くその場で出したわたしの返事に、赤葦くんが嬉しそうに笑ったのを見てわたしはこれから赤葦くんと歩む日々が輝く未来を想像していた。



初めて赤葦くんと手を繋いだ感覚をわたしは今でもよく覚えている。
恥ずかしくて思わず汗が滲んだその手を暖かく大きな赤葦くんの手が包み込むと胸の鼓動が止まらなくなった、互いの体温を熱いくらいに感じられる、どきどきなんてありきたりな音じゃなくて胸の奥何処かが痛むくらいに複雑な音だった、それでもその痛みは決して不快なものでは無くて思わず快感にも似ていると思ってしまう様な不思議なものだった。
でもそんな甘い初々しい気持ちが次第に薄れていったのは実に早いもので、付き合って二ヶ月もしない内に病み付きになると感じていたそのどきどきは何処へやら、嘘みたいに消えていった。



最初はその喪失感に寂しさと不安を抱いていた、恋愛に対して経験豊富な友達に相談をしてみて徐々にこれが付き合っていく内に訪れる慣れというものなのだろうと感じられた、それはそれできっと悪いことでは無くてこれからはもっとお互いに自由に振る舞う事が出来る様になっていくのだと自分の中でひとつの答えを出せた気がした。
けれどそれとは違うものだった事をわたしが思い知ることになったのは自ら答えを出した数日後の事だった、部活後の帰り道、それは一瞬の出来事だった。



繋いでいた手が一瞬解かれ、その手がわたしの腰に回され向き合う様にして見詰め合った矢先「キス、させて。」と囁いた赤葦くんに驚いたのは一瞬で近付く距離に場の雰囲気に流されて瞳を閉じた、放課後告白をされたあの日と同じ様に橙色に綺麗に輝くその夕日の下で蜜を浴びながらわたしと赤葦くんは初めてキスをした。
それはたった数秒の間触れただけの軽い口付けだった、次第に離れた唇、瞳を開ければ頬を染めて照れくさそうに柔らかく笑う赤葦くんの姿があった。
その姿を見てわたしは正直どんな表情をしたら良いのか解らなく思わず冷や汗が流れた、嬉しさで顔を緩ませた赤葦くんに対してわたしも無理に笑って誤魔化しの様に彼の手に触れてその場を凌ぐ事しか出来なかった。
本当は、何も感じていなかったくせに。



初めて赤葦くんと交わしたキスは、わたしのファーストキスだった。
重ねた唇は何の味も効果も無くてただ赤葦くんとキスをしてしまった事実しか残らなかった、撫ぞる様に自身の唇に触れてその熱の余韻に浸ろうとしても、そこには嬉しさの欠片すら見当たらなくてこんな筈では無かったのにとそんな気持ちに急かされ自分が次第に不安を抱き始めている事に気付く、本気の愛を魅せてくれる赤葦くんに対してわたしは彼から色んなものを貰ってばかりで、そんな赤葦くんに対してわたしは何か返した事があっただろうか、そして何よりも例え彼がそれを望んでいないとしても見返りを求められる事が怖いとすら思える自分が居る、自身の体を抱き締めて心に問い掛ける、果たして本当にこれが恋と呼べるものなのかと、きっと違う、その答えは直ぐに出てしまった。
キス以上の進展が怖くなったわたしはきっと赤葦くんとのこの関係を恋人同士とは思っていなくて、仲の良い男友達としか今だに思えていないことに今更気が付いたのだ。



その気持ちに気付いてからは次第にわたしに触れる暖かなその大きな手のひらに恐怖を覚えてスキンシップが苦手だと今更ながらに嘘をついて無理矢理赤葦くんと距離をとった。
空いた右手に微かに触れた赤葦くんの指先がわたしを求めている事を知っていながらそれを絡める事が出来なかった。



『女の子って、手小さいんだな。』



なんて言われて赤葦くんの大きな手のひらに埋もれて自分の爪の先しか見えなかったその手に、改めて男の子との差を感じながら初めて繋いだ手はどきどきで恥ずかしくてどうしたら良いのか解らないくらい初々しくてそれが楽しいと感じていた恋愛に、今は何故か半強制的な使命感を感じさせるこの関係に申し訳ない気持ちとやるせない気持ちでいっぱいになる。
この先ずるずると関係を続けていけばいずれ訪れるキス以上の行為にわたしは答える事が出来るのだろうか、嫌だ、怖い、その感情が強くわたしを支配する。
どうか手遅れになる前にと、次第に別れたいという気持ちがわたしの心の中を満たすようになっていた。



>嫌いになったとかじゃなくて何となく友達の方が良かったかなって。

>付き合ったのは今考えたら多分雰囲気に流されたからだったのかもしれない。

>本当に自分勝手で申し訳ないんだけどこのまま付き合うのはきっと無理だと思うんだ。



別れたい。
ただその一言を打つのに何個もの言い訳を考えた、メールを打つ度に赤葦くんを傷付ける言葉が生まれては、その言い訳の一つ一つがまるで自分を庇っているものの様で、あからさまに被害者ですと文字越しに伝えている文しか書けないことに苦しくなる、それが嫌で打つ度には消して、消す度にまた増えていく言い訳に自分の偽善者気取りと赤葦くんに対する謝罪で、携帯に零れ落ちた水滴にこの涙も自分の偽善と嘘の心から生まれたものなのかもしれないと思うと、自分の事しか考えられない最悪な女だと解っていながらも震える指先が携帯を握りしめては流れる涙に今は身を委ねる事しか出来なかった。



「今日のテスト難しかったな。」

「そうだね、わたし昨日殆ど勉強しなかったから返却が怖いよ。」



結局テスト勉強の時間を削ってまで考えた赤葦くん宛の別れのメールは赤葦くんの元へ届く事も無く、まるで無かったかの様に携帯に保存されたまま眠りについた。
空いた右手に少しだけ感じられる距離感、きっとわたしの気持ちはメールを送らなくても察することが出来る程にあからさまなものに変わっているのだろう、そのわたしの違和感に察してもらえた方が幾分も楽な筈なのにいざ現実で感じられた赤葦くんとの距離に寂しさを覚えたわたしは、自分の矛盾と我が儘に押し潰されそうだった。



何時かは来るとそう解っていた。
実際に訪れたその甘い雰囲気に逃げることも出来ずに、知らず知らず同情と申し訳ないと思う気持ちにまたしても流されて、遂に重ねてしまった身体は後戻りを知らなくて、流れた血に二重の意味で泣いた、わたしを求める赤葦くんの想いが強くて、痛みより先に感じられたのは嫌だという拒絶の感情だった。
深く長いキスは中々離れる事は無くて、震えるわたしの身体を抱き寄せ互いの肌が密着するくらい近い距離で何度も繰り返し打ち付けられる度に折角造り出された甘い雰囲気を台無しにするかの様に大泣きをしたわたしに対して「優しくする。」だなんて王道な言葉を囁いた赤葦くんはきっとわたしの流す涙が痛みからきているものだと思っているに違いなくて、行為が終わる頃にはわたしを抱き寄せて髪を撫でては今度は軽く口付けて「優しく出来なくてごめんな。」と言った。



そんなの全然違くて、痛いとか痛くないとか正直そんなものは終わった頃にはどうでも良くてただ単に友達としか思えない赤葦くんと初めての行為を交わしてしまった事に悔いていた。
初めては本当に好きな人とが良かった、なんて今目の前で心も体も繋げられた事に嬉しさを感じている赤葦くんの前でなんて絶対に言えない事を考えてはシーツの中、わたしを抱き寄せて眠る赤葦くんの寝顔を見詰めてはその頬に触れてわたしも決意を決めて一筋涙を伝わせた後に瞼を閉じた。



>別れよう



最初から素直に伝えれば良かったんだ。
この一言には何一つ嘘と言い訳は隠れていなくて、一番言葉にするには荷が重く、それでも何より一番伝わる言葉だった。
震える手が送信ボタンを撫でる、もう同情も悔いも無い筈なのに何故かそのボタンを押せなくて、わたしに後一歩踏み出す勇気をと宛先に表示された赤葦京治の名前を見て、“嫌い”と呟いて送信ボタンを押した。



押した瞬間、ぼろりと涙が零れ落ちた。
今までに無い感情がわたしに襲い掛かる、さよならとしか言えない心の先に後悔という名の記憶が甦る。
楽しかった、嬉しかった、全然嫌いなんかじゃなくて大好きだった、初めて出来た男友達、わたしにとても優しくしてくれた赤葦くん、その笑顔がわたしの中で消えてはくれないの、赤葦くんとなら上手くいくと思っていたけれど恋愛関係へと気持ちを繋ぐ事が出来なかった。
仕方無いで済ませたくは無いけれど恋人同士がする様な行為をして拒絶が生まれた以上はそう思うしかなかった、赤葦くんとの関係はきっとこのままこの先何年付き合い続けてもわたしの気持ちが進展する事は無いのだろう、ならば今の内にさよならをする事が一番の解決策だと思えたんだ、全てわたしの自分勝手な我が儘、それでもどんなに罵られたって変わることの無い強い意思がそこには込められていた。
今この瞬間、次々と頬を流れ伝う涙が偽善と嘘の結晶では無いものだと思えて、送信完了の文字を表示した携帯を握り締めては彼との思い出を甦らせて、わたしは枯れない涙を流し続けた。



(彼からの返事は来なかった)









(彼女への返事を打てなかった)



久しぶりになまえから届いたメールを開くのに躊躇いを感じていた。
一度深く息を吐き捨て震える手で開いたメールにはただ一言、“別れよう”とだけ書かれてあった、敢えて多くを語らないその一言になまえが俺に伝えたい気持ちの全てが汲み取れた様な気がした。
信じたくはなかったけれど、心の何処かでなまえの気持ちと俺の気持ちには差があることは解っていた筈だった、それでも拒絶される事が怖くて敢えてその現実から目を逸らしていたんだ。



初めて会った時から気になって、話し掛けたら気が合う事に嬉しさを感じて、日に日に好きになって積み重なったその想いが溢れ出して誰かに奪われる前になまえに告白をした。
玉砕覚悟の初めてした告白は鼓動を高まらせ、コートに立った時と同じかそれ以上の緊張を味わった、胸に響いたなまえからの返事に思わず耐えきれなくなった体が気持ちより先になまえを抱き締めていた。
心から嬉しかった、必ずなまえを幸せにすると彼女にも自身の心にも誓ってはその温もりにずっと浸っていたかった。



慣れない絵文字を使って色鮮やかに装飾させたメールを送る、そのメールに照れくさい気持ちと複雑な女々しさを感じたけれどそれ以上にこんなメールを送れる相手が自分に出来た喜びの方が強く勝っていた。
数分毎に携帯のバイブが鳴るその待ち遠しい時間が、嬉しくて楽しみで仕方が無かったんだ。



でも、想いが重ならないとどうしたら良いのかが解らなくなる。
徐々に崩れだした俺達のピースをどう埋めていけば良いのか解らなくて散らばったままのピースを拾う事が出来なかった。
不自然に繋がせた手にぎゅっと何度もなまえの手を強く握る、握り返されない指先は虚しく、心に大きな傷を負わされた様だった。
俺だけ気持ちが一方通行で、俺を見詰めないなまえのその瞳が何を映しているのかさえ解らなくて心の距離が遠くに感じる、俺以外何も映させたくなくてそんな独占の心が何度も彼女とキスを繰り返しては乾いた唇に潤いを求めた、何とも馬鹿げている、自分自身を慰める様な俺しか満足の出来ないそのキスは、まだ唇の皮が破けて鉄の味がする唇を舐めていた方がよっぽど甘いものだと感じられた。



>俺に不満があるのなら何でも言って欲しい。

>こんな関係のままで終わるのは嫌なんだ、ちゃんと話しがしたい。

>なまえは今、俺の事どう思っているんだ。



好きだ。
本当はこの一言を告げたいだけなのに、今まで何度も言葉にしてきた筈のこの二文字の言葉を伝える事がこんなにも難しいことを初めて知った。
きっとなまえに今この言葉を告げたらますます俺は彼女を追い込んでしまうのだろう、なまえも今は悩む時期なのだと思う、その結果がどんな方向に転ぼうともなまえの気持ちを一番に解ってやりたい、そう俺自身思っている筈なのに、それでも我が儘を言っても良いと許されるのであれば、俺は絶対になまえを手放したく無いんだ。



散らばったピースを拾ってしまったら最後、後戻りは出来ない。
欲に実を結び、育つ感情に咲き乱れたこの愛は簡単には止められない事を知る。
なまえの涙に欲望を覚えて既に熱くなった自身を彼女と繋げる「優しくするから。」なんて如何にも王道な言葉を囁いてなまえの様子を伺ったとしても幾度となく大きな雫が流れるなまえの瞳には恐怖の影しか映る事がない、それでもなまえを求める俺の熱は高まることしか知らなくて言葉とは裏腹に激しく乱し抱いたその震えた身体に心の中でごめんなと何度も謝罪を繰り返した。
同情なんてものはいらない、寧ろ嫌だと殴られてでも拒絶して正直に言ってくれた方が幾分も楽だった、ずっとなまえの前では良い彼氏で居てあげたかったけれど、俺も結局は男そのものだった。
無理矢理にでもなまえとの関係を維持させようと焦りが実を結んだ結果がこの行為を生んだ、合意で無いのは一目瞭然で、まるで強引に彼女を犯したようなものだった、最悪な男だと自分自身を殺したくなる、でもそれくらいの愛が俺にはあるんだ、なまえには無くなってしまった空っぽの愛を俺一人の愛情で注いでいっぱいにさせようとした結果、高まった熱をその空洞に放った後にこの関係を築いてしまった俺に後悔の波が襲い掛かる。



なまえを幸せにすると決意してその先にある二人で育む幸せな日々を信じ続けていただけに現実はその欠片すらも見当たらなくて、今俺の目の前で涙を流し続けるなまえを見詰めては俺も心が抉られた様に苦しくなって、泣きたいのは俺も同じだよと思った、次第に熱くなる瞼、霞みそうになる視界を必死に堪えて涙を流すのを我慢した。
ここで俺が泣いたら全てが終わる事を解っていたからこそ、シーツの中なまえを抱き寄せて、早く、早くと眠りにつくときを待った。



>別れよう



来ると思っていた、なまえの気持ちはもう随分と前から知っていたから。
だからこそ準備を整えていた心が砕けた、来てしまったのだと俺に知らせたその警報は胸の鼓動を高鳴らせるには充分で、携帯を握りしめたまま項垂れては深く吐いた吐息に落ち着きを求めてみてもその鼓動は簡単には止んではくれなかった。
彼女の気持ちを優先させたいと思っていた心は俺の偽善の心だったのだと今ならそうはっきりと言える、嫌だと言いたい、逸その事俺から逃げられない様にまた深くなまえを乱し抱いて関係を繋げるのも手なのかもしれない、俺とはこれ以上は無理だと、恋人という関係を断ち切りたいとなまえが願っている事を知っていながらも思いつくその思考に恋というものは人を恐ろしい程に変えてしまうものなのかと思わず笑いが出てくる。
ひとしきり自分自身に嘲笑った後は嗚咽しか残らなかった、送信ボタンも押せずに投げ出した携帯に表示された文字は呆気なく携帯の照明と共に消えていく、俺だけは彼女を愛していたんだ、きっとこの先どんなに時間が経過してもなまえと別れて正解だったなんて思える日はそう簡単には訪れないと思う、それでも今はなまえとの思い出を甦らせては溢れ出しては止まらない涙を頬を伝わせ流し続ける事しか出来なかった。



>好きだ



彼女が俺の頬を撫でたあの日、本当は寝てはいなかった。
彼女から触れられたのは初めてで、ただただ嬉しかったんだ、その暖かな手に撫でられては緊張の波に誘われながらも暫くして目を開けた頃には彼女の寝顔があった、その長い睫毛に縁取られた彼女の瞳から薄く涙の伝った痕を指先で撫でては、小さく“ごめんな”と囁いた。


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