「クロはお兄ちゃんみたいだねえ」

ヘラヘラと笑うなまえは、研磨より一つ年下の幼馴染みの女の子だ。
家が近く、なまえが一人っ子で親が共働きなのもあり、よく研磨含めた三人で遊ぶことが多かった。
年頃になれば離れるだろうなと思ったがそんなこともなく、高校に入った今でもよく話すし、時には遊びに行くことだってある。帰りも時間が合えば一緒に帰るし、まさに周りから見ても仲良しな幼馴染みである。

「こんな手のかかる妹はちょっとな」

「ええ、ダメなの?」

わたしと研磨の、お兄ちゃん。満足そうに笑うなまえは、俺の気持ちなんて知らないんだろう。ああ、無情。



「クロはなまえのこと、すきでしょ」

最初に気づいたのは、当人の俺ではなく研磨だった。
たしか、研磨が新しい対戦ゲームを買ったからそれに付き合っていたときか。
言葉の意味がイマイチよくわからず、思わずコントローラーを握り締めたまま固まった。横からあ、しんだ。と研磨の声が聞こえて、やっと意識が戻って、言葉の意味を理解した。
なに言ってんだお前。そう返そうと思っていたのだが、その頃にはそう考えると辻褄が合う出来事が頻発していたので、気づいたらそうかもしんねぇ。と口から出ていた。

辻褄が合うこと、というのは、例えばなまえを残して卒業するのが嫌だと思ったり、俺より一年長くなまえと学校で過ごせる研磨が羨ましく感じたり、そしてなまえが音駒に入学すると聞いて、嬉しくてそわそわしてしまったり、だとか。
同級生の男とよく連絡取ると聞いたときは少しムカついたし、学校で怪我をしたと聞いたときは背筋が凍る思いだった。
あとは、昔と違って髪を長く伸ばしたなまえを見て、どきりとしたときとか。

「クロは、結構わかりやすいよ」

「……まじか」

研磨の観察力はすごいとは思ってたけど、それ以前に俺がわかりやすいだけだと言われて、とてつもなく恥ずかしかった。
もしかして、他のやつにも気づかれてんのかなと思い、帰って母親に聞いたら、鉄朗は昔からなまえちゃんのこと好きよね。と笑われて、余計に恥ずかしくなった。


そんなことで自分の恋心を自覚して、ほどなくしてなまえが音駒に入学して。なまえの好意に関しては割と全面に押し出してきたつもりだったが、どうにも本人は気がつかない。
いつもと違う髪型にしてきたのなら、かわいい似合ってると伝えたし、一緒に買い物に行ったものなら、荷物は持った。並んで歩くときは車道側を絶対に歩いたし、困ってそうな時はとりあえず声をかけた。
なまえにとって俺は、昔から兄のような存在で、恋愛の対象ではないのかもしれない。
日に日に女性らしさに磨きがかかる幼馴染みを見て、俺はこんなに翻弄されているのに、当の本人がなにも気にせず俺のことをお兄ちゃんなどと言うのだから、本当に救われないもんだ。

「クロがお兄ちゃんだったら毎日楽しいのに」

なんて残酷な言葉を、笑顔で言ってのけるんだろう、こいつは。
そうかいそうかい。と平静を装いつつ、実際は結構へこんでいたりする。あくまでもお前にとって俺は、お兄ちゃんの枠ですか。

「研磨はね、手のかかる弟!」

「研磨よりお前の方が年下だろうが」

わしゃわしゃとなまえの髪の毛を掻き乱すと、あー、やめてよ!と不満そうな声があがる。もちろん機嫌のいいなまえの方がかわいらしいとは思うが、拗ねてるなまえも、それはそれで好きだったりする。

今のままの関係でも、それがなくなるよりは、いいんじゃないか。

らしくもなく思ったりする。俺がいて、研磨がいて、なまえがいて。くだらない話をして、一緒に遊んで、笑って。
研磨にもそのことは話したことがあるけど、クロは案外バカだよね……。と、俺の意見は突っ撥ねられてしまった。

『だってさ、なまえが誰かにとられたら、結局今の関係は終わりだよ』

その時を待つだけなんて嫌じゃないの?
普段しっかりしろよと背中を押す立場だった俺が、研磨に背中を押されるなんて、思いもしなかった。
研磨の言うことは最もで、誰かにとられる様を爪を噛んで見るよりは、自分の方に引き寄せる方が絶対に気持ちがいいから。

「なまえ」

「んんー?」

試合の時とは違う緊張感。らしくもなく、声が震える。
言え。言っちまえ。男見せろ、俺。
あー、その。なんだ。口から漏れるのはなんとも情けない声で、格好つかない。なまえは依然として、不思議そうに俺を見ている。

「たしかに、俺がお前の兄貴だったら楽しいかもしれねぇよな」

「うん?そうだね」

でもよ。と、一息おいて。
続ける言葉は俺たちの関係を崩すのか。それとも……。

「俺がお前の彼氏だったら、もっと毎日が楽しいと思わねぇ?」

なまえからしたら、俺の口から飛び出した言葉は、思いがけないものだったんだろう。
言葉の意味を理解して、ぶわぁっと顔中赤くなったところを見ると、少しは期待してもいいのだろうか。
どういう意味?と遠慮がちに訪ねてきたなまえに、核心的な答えはなにも返さないのが、せめてもの俺の仕返し。
俺はさんざん悩んできたんだから、今度はお前がたくさん悩む番だ。


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