とある日の午後。用事を全て済ませあとは帰るだけ、というところでバッタリ飛雄と会った。彼とは小中の九年間を共に過ごした幼なじみだけれど、別々の高校へ進んでからはその姿を見かけることすら滅多になくなった。約半年振りに見る飛雄は中学のときよりもさらに目線が高くなっていて、それに見合う黒のジャージが、なんだか彼をわたしの知らない人のように見せていた。

「ひ、久しぶり」

「おう…なまえか」

「これから部活?」

「いや、午後はオフ。サポーター買いに来た」

ぶっきらぼうな物言いは相変わらずで、今目の前に立っているのが確かにわたしの知っている飛雄だと分かりほっとする。「ん」と彼が手に提げていたビニール袋を差し出してきたから、促されるようにそれを覗き込むと膝用のサポーターが一組入っていた。前のがボロくなったから、と独り言のようなつぶやきが頭の上で聞こえる。

「自主練してたら、先輩にさっさと買っとけって言われた」

「ふーん…自主練とか、相変わらず真面目だね」

「まあな。……」

「な、なに」

新品のサポーターから視線を外し顔を上げると、存外近い場所で飛雄がじっとこちらを見ていたから驚いた。髪の色と同様真っ黒な彼の瞳に、わたしの間抜けな顔が映っている。

「切ったんだな」

「…なにを?」

ふいに視線を外して歩き始めた飛雄の背中に首を傾げれば、ちらりとこっちを振り向いた飛雄が「カミ」と言ってわたしの頭を指差した。…ああ、髪。駆け寄って肩を並べると、飛雄は眩しい昼間の太陽を手で遮りながらうーんとゆるく首を捻っていた。

「一瞬誰だか分かんなかった…」

「ああ、だから変な顔してたんだ」

「悪かったな変なカオで」

飛雄はもう一度うーんだか何だかよく分からない声を発すると、それきり黙ってしまった。なんだ、髪切ったことに気付いたなら似合ってるとかかわいいとか、そんな気の利いたことのひとつも言えないのか。
隣を見上げると、飛雄の黒い髪が風に吹かれてさらさらと揺れていた。髪伸びたね。そう言おうと口を開こうとすれば、まるでなにかのテレパシーでも通じたみたいに彼の瞳がこちらを向いてどきりとした。

「…髪、切ったんだな」

「う、うん。さっきも言ったけど」

「なんで切った?」

するりと伸びてきた白い手が、わたしのずいぶんと短くなった襟足を掬った。頬に一瞬触れた手の甲が冷たくて、思わずびくりと肩を震わせる。好きだったのに。ぽろりと落ちてきた言葉は、遠くに聞こえるざわめきにすぐ掻き消されてしまいそうだった、けど。確かにわたしの耳にはその言葉が聞こえたのだ。え、とわたしが発するのと彼が慌てたように手を引っ込めたのは、ほぼ同時だった。

「あ、いや!……ちがう」

「…なにが」

「別に、今のが嫌いなわけじゃない」

ちょっとだけ仏頂面を崩した飛雄が、もう一度こちらに手を伸ばしてきたのでわたしの体は石のように固まった。ぽんと頭の上に置かれた彼の手は、大きくてごつごつ骨ばっていてとても温かい。ゆるりと口元を緩めた飛雄の笑みがめずらしくて、わたしはただぼんやりと赤い顔を上げてそれを見つめていた。

「でも、長いのの方が気に入ってたんだけどな」

ああ、飛雄はショートが好きだなんてわたしに嘘を教えたやつは誰だばかやろう。


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