疲れた。なんだかもう、疲れてしまった。

 私は公園のベンチに座り込み、赤く染まり、今度は紫になり、しまいには黒くなっていく空を見ていた。
 見ていた、というか、ぼうとしていた、というか。とにもかくにも、私は無気力だった。手足を投げ出して、ため息を空気に溶かして、重力に逆らわず、風の動きにも逆らえず。

 高校に入って、半月。中学のころから付き合っていた恋人と別れた。
 中学は同じ、だが高校はバラバラ。あっけなかった。たった半月会えないだけで、崩れてしまうような関係。そんなものに、今まで入れ込んで、 アイツの誕生日のために、私はいくら使ったんだっけ。こんなときにおかねのことなんて考えるから振られたのかな。
 ううん、それは違うね。

 ははっ、ようやく私は、渇いた笑みを吐き出した。涙は出ない。カラッポになったわけでもない。私は、アイツに尽くす自分が好きだったのかな。馬鹿だな。私を愛してくれるひとがいいな、なんて馬鹿だな。自分から好きにならなければ、何もはじまらないんだ。
 カラッポになったわけでもない、と言ったけれど、これは私がもとからカラッポだからだ。何もない。

「なにやってんの?」

 ぼう、としてると、よく知った声が聞こえた。ひとみだけを動かして、その声の主を探す。
 買い物袋を下げた、しかし部活のジャージを着て、ついでに荷物を持ったままの、国見英が立っていた。公園の入り口。首だけが私のほうを向いている。なんだか怪訝な表情をしている。あはは。

「黄昏てるんだよ、ベイビー」
「ベイビー?」
「なんか、うん。聞かなかったことにして。あきらは、おうちに帰りなさい」

 同じ団地に住む、唯一同い年の男の子、だった。
 だからといって、私とあきらが仲良しかといえば、たぶんそうではない。私たちはただ、価値観が似ていた。2階に住む私。3階に住むあきら。他にもたくさんのひとが住んでいる──と言って良いのかは微妙な、よくある団地。そう、私たちはただ似ていただけ。
 あきらは、公園のなかに入ってきた。大股と、猫背で。歩くたびに、背中で鞄が弾む。手元のビニール袋ががさがさと鳴る。寂廖のダンスを踊っているみたいだった。

「あのさ」
「はい」
「おばさんが」
「うん」
「今日遅くなるって」
「ふーん」
「言ってたよ」

 あきらは、私の正面に立って、私を見下ろす。背ぇ、高くなったなあ。
 どうでもいいことを教えてくれる。うちは母子家庭で、母親は仕事だか男だかはよくわからないけれど、よく帰りが遅くなる。慣れっこだった。そしてそれをあきらは知っているが、わざわざ私に教えてくることは珍しかった。
 苦虫を噛み潰したような顔のあきらと、どこか可笑しくて口角を持ち上げてしまう私の、顔と顔が向かい合う。

「おまえの、失恋の原因は、おれだよ」

 …………。

「おれがアイツに、別れろって言った」

 ますます屈辱的だな。別れろって言われただけで別れてしまうなんて。その程度か、私は。まあ、いいんだけどね。予想どおりの展開だった。怒る必要もない。

「だから?」

 あきらが悪いってか、きみのせいにしろってか。私はあきらに、ベンチに荷物を置くように示す。あきらはそのとおりにした。私は、空いたあきらの手を、握った。
 ひんやりとしている。手が冷たいひとの心はあたたかい、か。あきらがいなければ、信じてやってもよかったけれど、コイツがそれに当てはまるとはとても思えないので、私は信じないほうで。

「ごめん」

 あきらはつぶやく。あきらは悪くないよ、と、思う。思うだけ。
 あきらは小さいころから、弱い弱いやつだった。とても弱い、見てくれだけは立派なのに、触れた端からざらざらと崩れていきそうな、砂のお城に似ている。

「今回は、我慢できたほうじゃない?」

 中学のころから、と笑ってみせても、どうせ中3の2月からだ。向こうから告白された。違う高校だから、せめてそれだけの繋がりがほしいのだと。恋人がそれだけの関係だと考える時点で、あの男はダメだったのだ。
 だから、

「あきらは何も悪くないよ」

 そう、最初からカラッポの私。アイツが私を好きなんだと思っていた、私がダメなやつだったんだ。
 あきらは、ひとりでは立てない少年だ。いたって普通の家庭に生まれ、育ったはずなのに、小さいころの寂しがりの私に毒されてしまった。
 私を守るヒーロー。私にできた恋人に、何かしら言わずにはおれない。その結果の、破局。

「今回まで、あきらが関与してるとは思ってなかったんだよ。まさかって、ね?」

 2割くらいは嘘じゃない。

「……ごめん」
「学校違ったのに。でもちゃんと謝るんだね、いい子、いい子。あきらは素敵なヒーローだよ」

 あきらは、その場に跪いて、私の手をほどき、肩をぎゅっと握った。胸に顔をうずめる。私はあきらを、抱きしめてあげる。

「今日、うちに来なよ」

 と、あきらは言う。どこまでもどこまでも、あきらだけのリズムで。

「そうだね、お邪魔しようかな」
「うん、邪魔して」

 国見英。十五歳。将来の夢は、ヒーロー。
 そんな馬鹿みたいな、夢を見ている。普通、ヒーローというものは誰のものでもないけれど、彼はひとりのものになりたがる。違いはそれだけ。

「私は、愛されるかな」
「おれが」
「うーん、あきら以外に。あきらには、まだ、愛されたくないかな」
「……わがままだ」

 恋をするたび、カラッポな自分を自覚してしまう私を、いつも自分で埋めようとするあきらは、悲しいくらい私の思い通りだ。

 あきらは小さいころから優しい優しい少年だった。私を笑顔にしようと頑張って、私だけのヒーローになったのだ。おれ以外に、私を笑顔にできるひとなんていないと。
 私だって、笑顔にならないわけじゃない。ふとしたときに、ちゃんと笑う。
 でも、たとえば、そこにいるだけで私を笑顔にしてしまえるひと。あきらはそんな存在だった。私を埋めようとするあきらを見ていて、私はいつも笑顔を浮かべていた。たとえば、いまも。

 あきらは私の幼馴染みでさえなければ、ちゃんといつまでも、少しドライだけれど、心根は優しい国見英でいられたはずなのだ。私は、あきらの優しさに甘えている。心から。

 けれど、私は、彼のことを、一生手放さないだろう。


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