掴み損ねた
拙者は不二子と二人きりだった。何故こんな状況なのか分からないが、とにかく彼女と二人きりだった。だが、だからといって拙者は特に彼女に何を言うこともなく、背を向ける彼女の背を見ていた。
すると静かに彼女が口を開いた。
「さようなら…」
その言葉の意味を掴み損ね、怪訝な顔をして彼女を見るが、突如彼女の足元に穴が空き、彼女の体がその穴に落ちる。
何故だ、何故落ちる。
わけも分からず走り寄り、彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。だがその手は宙を掻き、彼女は暗い穴の中へ消えていった。
名を叫んだ。だが、返事はなかった。
「不二子ッ…!」
自分の悲痛な叫びを聞いて拙者は跳ね起きた。しばらくぽかんと動きを停止させていたが何分かしてあれは夢だったのかと気付いた。窓からは朝の日差しが入り込み、あんな夢を見なければ清々しい朝だっただろうに。
そんなことを考えながら隣のリビングへ行った。そこにはすでにルパン、次元、そして不二子が居た。
「あ、おはよう五ェ門」
「今日は随分と遅いな?」
「昨日徹夜して映画なんて観てるからよ。まったく」
呆れたように彼女は言った。だがその言葉を受け流し、椅子に座りコーヒーを飲む彼女の元へ歩を進めた。
「ん?何、五ェ門」
「……」
そしてその細い体を抱き締めた。きゃっ!と不二子は声を上げ、次元はコーヒーを噴出し、ルパンは唖然としていた。
「ご、五ェ門?」
「…うむ。本物だ」
「え?」
ゆっくりと体を離し自室へ戻ろうとする。いまだキョトンとした顔で拙者を見つめる彼女に一言言った。
「掴み損ねたから、掴んだのだ」
「…はい?」
それだけ言って拙者は再び自室のベッドに潜り込み、もっといい夢を見ようと目を瞑った。
「…どうしたの、五ェ門」
「…寝ぼけてたんだろ」
「掴み損ねた、とか言ってたし…」
残された三人は彼が戻った部屋のドアをただ呆然と見つめていた。