真の愛を知らない僕ら
「ねえ不二子ちゃん、そろそろ結婚しちゃおっか」
ルパンは突拍子の思いつきでそんなことをよく口にする。
心の底から思ってもないくせに、そんなことを言わないでなんて軽いあしらいの言葉は遠い昔に言った気がする。
「嫌よ」
「このままじゃあ婚期逃すよぉ?」
「別に困らないわ」
「ねぇ〜不二子ちゃ〜ん」
「浮気性な男とは絶対に結婚しないって決めてるの」
ごめんなさいね、と鼻先をツンと押しやると、ルパンは一旦引き下がる。
でもこうして二人きりの時は諦めが悪い。すぐにまた私の隣に来て、肩を抱いて、すっかり惚れこんでいるようなフリをする。
「お前だけだってば〜」
「嘘ばっかり」
「ホントだよ〜」
あまりに諦めが悪いから、苛立って彼の弱い所を突いてみた。
「じゃあ昨日町で出会ったジェシカちゃんはどうしたの?」
「え、いや、あの子はたまたま会っただけで…」
「じゃあ先週の月曜日に一緒にお食事したらしいルーシーちゃんは?」
「あの子は、ほら…お食事だけ行って〜」
「先週の水曜日に街中で仲良く手を繋いで歩いてたモニカちゃんは?」
「いや、だからその……」
「その次の日に鼻の下伸ばして自宅まで押しかけていったリーちゃんは?」
「ごめんなさい!!俺が悪かったからそれ以上言わないで!!」
別にルパンを責めてるわけじゃないのに。ただちょっと仲良くしていたらしかった女の子の名前を挙げていっただけなのに。情報提供はもちろん次元だけど。
「浮気性っていう言葉、辞書で調べてみなさいね」
ソファに額を押し付けるようにしてぐったりしちゃったルパンの頭を撫でて優しくそう言ってあげる。
そのまま席を立とうとしたら、ぱっと手首を掴まれた。
「もう、ルパン。冗談はもう…」
止めて、と言おうと思ったのに。
振り返ったら、妙に真剣な顔をしたルパンが私を見上げていた。
「な、何よ」
「お前だけだ、不二子」
「だからその台詞は聞き飽きたって言ったでしょ?」
「それでも、お前への愛は他の子とは比べ物にならねぇ程大きいんだ」
時折、ルパンはするりと私の胸の中に言葉を残していく。
傷付くのが怖い繊細な私の心の中に、彼はすとんと何気なく言葉を置いていく。
「だから、お前と結婚したいと思うんだ」
「ル、パン…」
「俺は本気だ」
いつの間にかルパンは立ち上がっていて。私の目をまっすぐ見つめていた。
男の甘い囁きなんか聞き飽きたはずなのに。歯の浮くようなありきたりなプロポーズなんて聞き飽きたはずなのに。
どうしてこの大泥棒の言葉は、他とは違う響きを持つのだろう。
「…い、」
「い?」
「い・や・よ」
けど知ってるわ。
その響きは、愛しているから響くものじゃないって。
「えー!?」
「ごめんね、ルパン」
それはね、特別に想っている響きだけど。
愛とは違う、特別な響きだから。
「何か素敵な物をくれたら、考えてあげるわ」
今はまだ、特別な人から追われる気分を味わっていたいの。