冷たい夢が好き

「あなた…あなた、起きて…あなたったら…」

心地よい眠りを、誰かの声と共に揺さぶられ乱される。揺れる体と呼び掛けられる声に、ルパンは気付きゆっくり瞼を開く。

「ふあ〜…って、不二子ちゃんじゃないの…」

目の前にいるのは不二子だった。ルパンの顔を覗き込む彼女は、珍しくエプロンなんかを掛けている。

「もう9時過ぎよ。次元達との待ち合わせ時間に遅れちゃうわよ?」
「待ち合わせぇ…?」

そういえば、今日は9時に次元と五右ェ門を呼んで作戦会議をする予定だった、と寝起きの頭が思い出した。しかし、それとここに不二子がいる理由は結びつかない。

「でもさぁ、なーんで不二子ちゃんがここにいるの?」
「ま、ご挨拶ね。わざわざ起こしに来てくれた奥さんの事をそんな風に言うだなんて」
「奥さんねー…奥さん……えぇっ!?奥さん!?」

その一言で一気に目が覚めた。跳ね起きれば、不二子は「ふふっ」と笑うだけ。

「変なルパン。ご飯できてるから、早く支度してね」

優しい声色でそう言うと、エプロンをしたまま彼女は部屋を後にした。
パジャマから着替えリビングへ行くと、テーブルには朝食が並んでいた。

「こ、これ不二子が作ったの…?」
「もうっ、私だってトーストと目玉焼きくらい作れます!」
「いや、じゃなくて…」

今まで不二子が真面目に料理をしている姿を見たことがないルパンには、当然信じられるはずもなかった。どうなっているのか、と悩みながら口に運んだ目玉焼きは普通に食べられる。まさかまた睡眠薬がふりかけられているのでは…

「おいしい?」
「え?う、うん。おいしい」
「良かった、少し焦がしちゃったから心配してたんだけど」

嬉しそうに微笑む不二子。眠気は一切襲ってこない。
疑心暗鬼のまま、ルパンは朝食をきれいにたいらげた。

「ルパン」

車のキーを手に家を出ようとすると、エプロンを外しながら不二子が玄関まで出迎えてくれる。そしてそっと彼に近づくと、チュッと頬にキスをしてくれる。

「いってらっしゃい」
「い、いってきます…」

おかしい。絶対におかしい。
彼女からのキスに素直に喜べないまま、ルパンはエンジンをかけ、次元達との待ち合わせ場所に急いだ。

「あ?不二子の様子がおかしいって?」

着いて早々、ルパンは二人に今朝の事を話した。すると二人は「何を言っている」と驚きもしなかった。

「お前らは結婚したんだ。至って普通の事だろ」
「…へ?」
「何を惚けておるのだ。結婚してもう随分経つというのに」

不二子と俺が…結婚?
次元と五右ェ門の言葉に、ルパンは再び驚いた。聞けば、結婚してからルパンと不二子は二人で暮らしており、不二子は泥棒稼業を引退し専業主婦となったらしい。

「不二子が専業主婦ぅ?バカな冗談はよせよな、二人共」
「何言ってやがる。彼女に泥棒稼業から足洗えって言ったのはお前さんだろうが」
「俺ぇ?」
「自分の嫁を危険な目に遭わせたくはないからと、お主が不二子を説得しようやく彼女が頷いたのだろう。冗談を言っているのはお主の方だ」

二人は怪訝なものを見るような目でルパンを見ている。
この二人が言うのだから、不二子と結婚したというのはまさしく事実のようだ。

「しかし朝からそんなにお熱いとは。参ったぜこりゃ」
「不二子も主婦業を頑張っているようではないか。初めはいつものように詐欺だと思っていたが」
「不二子が家の事してくれるおかげで、ルパンは安心して仕事に専念できるんだ。感謝しなくちゃな」

この二人も、随分丸くなったように思えてならない。
ルパンは一人納得がいかず顔を険しくさせる。

「見つけたぞルパァン!」

と、そこに。お決まりの台詞と共に現れたのは銭形だ。

「と、とっつぁん!」

突然の登場に逃げる間もなく、銭形は懐から手錠を取り出す…かと思ったが、懐から出てきたのはなぜかガラガラだった。

「ルパン!お前ってやつは、いつになったら子供の顔を見せるんだ!?」
「へ?子供?」
「わしは…わしはお前達が結婚をしてからずーーっと待っとるというのに一向に吉報が届かん!お前はそんなに不抜けだったのかルパン?!」

なんなんだ、このお祝いムードは。
「不二子」という単語を耳にするだけで目くじらを立てていた次元と五右ェ門だけでなく、自分を捕まえることを命としていた銭形までもがまるで結婚を祝福しているようだ。

「お前ならガキの一人や二人、三日でこさえちまうかと思ってたが意外だな」
「ルパンも本命には奥手ということか」

とどめにこの二言。
可笑しそうに笑う二人と、むせび泣く銭形にルパンは首を傾げるしかなかった。

「お帰りなさい、ルパン」

家に戻ると、やはり不二子が居る。リビングからは食欲を掻き立てる香りが漂っている。
しかしルパンの顔は険しいままだ。

「どうしたの?なんだか浮かない顔をしてるけど…」

心配そうに不二子がルパンの頬へ手を伸ばした。が、その手が届く前にルパンが彼女の手を掴んだ。そして真剣な眼差しを彼女に送る。

「不二子」
「何?」
「お前は俺の事を、本当に愛してるのか?」

ルパンの言葉に、不二子は一瞬驚いてみせたがすぐに微笑む。

「勿論よ。私、とっても嬉しかったのよ。貴方からの本気のプロポーズを受けた時…」

世界一の殺し屋に狙われ、満身創痍になりながらダイヤを盗ってきて伝えた、ルパンの一世一代のプロポーズ。生憎、ルパンにはそんなダイヤを盗ってきたことも、プロポーズをした覚えもない。

「私、貴方のおかげで女としての生きる喜びを掴めたの。だから、私はその喜びを、貴方と分かち合いたいと思って貴方の傍に一生居ることを誓ったのよ」
「不二子…」
「愛してるわ、ルパン」

夢ではない。目の前に立つ女は間違いなく峰不二子であり、彼女が頬を染めて見つめるのは間違いなくルパン三世なのだ。

互いの唇が重なる。一瞬だけ重なった唇が離れると、ルパンはすぐさま不二子を横抱きにし寝室へ向かった。

「ルパン?ご飯食べないの?」
「今日はお前を味わいたい気分だよ」
「ルパン…」
「そろそろ、とっつぁんにも子供の顔を見せてやらなきゃな」

ルパンの言葉から意味をくみ取り、不二子がポッと頬を赤くする。ネクタイを緩めれば、不二子がジャケットを脱がそうと肩に手を添える。

「いいわ、ルパン。私、貴方と…」

ちゅ、と不二子が啄むようにルパンの唇を吸った。ゆっくりと倒れこむ体と共に、ルパンもそれに応じてやる。


バシャッ!!!

直後、冷たいものが頭に掛けられる。ばっちりと開いた目に見えるのは、不二子と次元、そして五右ェ門の三人だった。

「ルパン!いつまで寝てるのよ!」
「早くしねぇと輸送機が出発しちまうぞ」
「のん気も大概にせぬか、ルパン」

怒る不二子と次元。そして呆れる五右ェ門。ベッドは辺りが頭からかけられた水のせいでびしゃびしゃだ。
ルパンはゆっくりと上体を起こした。

「ほら、寝ぼけてないで早く服を…」
「今日の朝ごはんはなぁに?不二子」
「何言ってるのよ。寝坊する人には朝ごはんなんて抜きよ!」

まだ目がトロンとしているルパンを見かねて、不二子が強引にでも彼を着替えさせようとする。ベッドの横に移動すると、ルパンが彼女の腕を掴みベッドへと引っ張り込んだ。

「キャッ!ちょっとルパン!遊んでる暇は…」
「子供…」
「え?」
「子供を作るぞ不二子ぉ!」

バシンッ!!!!

「最ッッッ低!!!ルパンのバカ!!!」

ルパンの頬に大きな手のひらマークを残し、不二子は部屋を出て行った。
残された次元と五右ェ門は、呆れながらルパンを振り返る。

「今のは最悪だな、ルパン」
「いい加減夢から覚めろ」
「夢…?じゃあここは?俺はだれだ?」
「ダメだなこりゃあ」

夢であって、嬉しいような悲しいような。
複雑な気持ちのまま、ルパンの一日は始まるのであった。



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