月が綺麗ですね。 | ナノ

たからもの




(忘れないで―――)





「りん、大事な話があるの・・・」

 村の子供たちと駆けていたりんは蓮子に呼ばれて振り返る。





 ‡ 伍拾玖 ‡





「え?」

 蓮子の言葉に呆気にとられるりんを見て苦笑し、同じ言葉を紡ぐ。

「りん、このまま村に残る?」

「え、え?」

「りんがそうしたければだけど、楓ばあちゃんは、りんならいつでも大歓迎って・・・」

 楓にも話を通しているということは、りんを村に残す準備はできているということだ。

 りんは悲しくなった。

 ほんの少し前までなら、なにも考えずに「やだ!」と叫んでいただろう。殺生丸と一緒にいたい。りんの生きる指針はそれのみだった。
 しかし、蓮子に生きるすべを教わる中で、自分がどれだけ世間知らずか、生きることの難しさを思い知った。
 昼間、蓮子が近くの森で猪を狩って村人に渡したり、畑を見回っては何やら忠告のようなことをしているのを見た。
 蓮子も同じく親兄弟と生き別れて一人なのだと言っていたが、生きる力が全然違うと思う。
 以前、りんが住んでいた村の人たちが魚を盗んだりんに恩知らずと罵ったのも今なら頷ける。皆、己が生きるだけでも精一杯なのに、親兄弟を亡くして行き場のないりんを置いてくれていた村人たちは優しかったのだろうと思う。とくに、りんのいた村はあまり裕福ではなかった。それなのに、少しとはいえ貴重な食べ物を分けてくれていたのだから、本当に優しかったのだろう。

 しかし、その村人たちもみんな妖怪に襲われて死んでしまった。

 殺生丸は妖怪だ。だから、妖怪と出会すことも、襲われることも多々ある。人里離れたところばかりを旅するので、普通の獣に襲われることもある。

 そんなとき、蓮子はいつもりんを護って戦ってくれる。彼女は強いので、一緒にいれば安全だ。それ故『選ばせて』くれるのだとりんは思う。

 しかし、それではただの重荷になってしまう。

 りんは悩んだ。

(りんは・・・一緒にいたらじゃま、かなぁ・・・)

 自分でも足手まといな自覚はある。

 普通に考えたら、楓の村にいたほうが安全だ。

 村の人たち全員と話した訳ではないが、楓が村長むらおさをしているだけあって、皆、妖怪と一緒にいたりんに偏見をもっておらず、財政も潤っているからか、村人の表情は穏やかだった。
 子供たちもみんなりんに優しくしてくれた。

 りんはこの村が大好きだ。

(だけど・・・)

 狼に襲われて、目が覚めたとき。何も語らず、自分を抱き寄せてくれた殺生丸の顔が浮かぶ。

(殺生丸さまと、はなれたくない・・・)

 でも、足手まといにはなりたくない。

 自分の命が危険なだけなら、りんは構わなかった。でも自分が側にいることによって蓮子の命も脅かされるかもしれない。彼女はりんを守ろうとするから。

 りんは涙が浮かびそうになり、下を向いてぐっとこらえる。

「・・・・・・」

 蓮子はそんなりんをじっとつぶさに見ていた。彼女の表情を一瞬も取りこぼさぬように。

 りんならば、即決すると思っていた。「いやだ。」と。彼女の殺生丸への強い想いを蓮子は理解していた。
 でなければ、妖怪というよくわからない生き物に、小さな子供が己の命をも省みず着いていくわけがない。

 それでも選択肢を与えたのは、少しでも考えて欲しかったからだ。彼女はまだ生き方を選べる。何にでもなれるし、どこへでも行ける。そういうことを知っていてほしかったのだ。

 しかし、彼女は蓮子が思うよりずっと、成長していたようだ。

 蓮子は少女の成長が嬉しくて、優しく微笑みを浮かべる。

「りん。」

 呼ばれてりんが顔を上げる。その目が少し赤くなっていて、意地悪をしてしまったな、と反省する。

「りん・・・」

 もう一度呼び掛ける。愛しているという言葉を籠めて。

「あたし、りんが大好きよ。」

「え?」

「だから、もしりんがよければ、あたしはりんと一緒にいたいんだけど・・・」

 蓮子自身、りんを必ず守れるかと言われたら、百パーセントは保障できない。りんの為を想えば、人里に預けることが最善だろう。でもそれは蓮子にとって最良ではなかった。

「え、え?」

 りんがおろおろしているのを見て、蓮子は笑う。彼女の小さな鼻を軽く摘まんだ。「ひゃっ。」と小さく悲鳴をあげて、りんはきょとんと蓮子を見返す。

「蓮ちゃん・・・いいの?」

「なによー。厄介払いされるとでも思ったの?」

 うりうり。とりんの頭をかき混ぜる。

「だって・・・」

「あのね。あたしたち家族みたいだね。って言ったでしょ?」

「? うん・・・」

「だからね。あたしにとってりんはいま、生き甲斐なの。」

「!」

 蓮子はりんと共にいて、これ以上ないほど幸せを感じていた。りんの為に着物を縫ったり、食べ物を採ったり、これまで自分の為だけにしていたことを誰かの為にできて、それを喜んでくれる。りんが「すごいすごい!」と手放しで喜んでくれる笑顔にどれだけ癒されたことか。あどけない寝顔を見るたびにどれだけ愛しさを募らせたことか。りんの成長を見るたびに、どれだけ遣り甲斐を感じたか。

「この世界で自分がなんのためにいるのか、たまに考えるんだけど。今はりんのためにいるんだと思ってる。」

 生き甲斐。そこまで言われるとは思ってなくて、りんは固まってしまう。

 りんも蓮子のことを家族のように思わなかったわけではない。むしろ常に、姉のように思っていた。
 りんのためにわらじで草履を編んでくれたり、ほつれた着物を繕ってくれたり、悪夢をみたりんに添い寝して、ずっと抱き締めてくれたとき。柔らくて良い匂いのする胸に顔を埋めながら、「おっかあみたい。」と思ったこともある。

 でもそれは、蓮子が特別優しい人間だからだと思っていた。

「りんはね、あたしにとって世界で一番の『たからもの』なんだよ。」

「たから、もの・・・」

 りんは今は亡き父と母の顔を思い出す。


 ーーーりん、大好き。

 ーーー可愛い、りん。

 ーーーりんは神様がくれた、あたしたちのたからものよ。


 そう言って、笑っていた両親の顔。

 何故、忘れてたのだろう、惜しみ無く愛情を注いでくれた両親の優しい顔を。野盗に殺されたときのことばかり思い出して、蓋をしていた。

「ぅ・・・うあああああぁ!」

 りんは両親の愛を思い出して、火が点いたように泣き出した。

 蓮子が驚いてこちらに、手を伸ばしてるのが見えて、りんは考えるより先に、彼女の胸に飛び込んでいた。

「うぅっ、わーん!」

 悲しくないのに、不思議なことに涙がずっと止まらなくて、りんは声が枯れるまで泣き続けた。その間ずっと蓮子が抱き締めて、撫でてくれた。その温もりが、りんにとって、何よりも嬉しかった。





 (―――どんな時もそばにいるから。)






りんちゃんは天使!パート2!
「りんはたからものだよ。」と夢主に言わせたかっただけの話。
今回は難しかったです。あんまりききわけよすぎると偽物すぎるよなぁと思いましたが、りんちゃんは周りの大人に恵まれなかっただけでとても良い子だと思ってます。
ただ、りんちゃんの第一主義は『殺生丸さま』だと思うのでそこはぶれないよう気を付けました。どんなに夢主がよくして、可愛がって懐いていても、りんちゃんの優先順位は不動で殺生丸が一番だと思ってます。そこは管理人の拘りです。
あと、今回りんちゃんの両親を少しだけ出しました。完全に捏造です。りんが殺生丸に食べ物を運んでいたのは神様にお供えする気持ちだったそうなので、信心深いおうちだったのかなぁという妄想です。
(21/02/27)


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