月が綺麗ですね。 | ナノ

失われた心




 毒の繭を打ち破られたことで、妖怪が本性を現した。

「半妖の分際で・・・この蛾天丸さまに勝てるとでも・・・」

「ふっ、なんか言ったか!? この虫ケラ野郎!!」

 しかし、妖怪化した犬夜叉はその鋭い爪のひと掻きで、蛾天丸をバラバラにした。

「ひ・・・うわあーっ!」

 自分たちの誰よりも強いと思っていた蛾天丸がほんの一撃で倒されたことに、野盗たちは恐怖し、一目散に逃げ出した。

「ふっ・・・逃がさねえ・・・」

 戦意喪失した野盗など、本来の犬夜叉なら捨て置くだろうに、妖怪化した犬夜叉の目は殺意に満ちていた。

「うわあーっ。」

「ばっ、ばけもんだーっ。」

「逃がさねえ!」

 犬夜叉は一人残らず殺すつもりなのか、逃げる野盗を後ろから次々と引き裂いていく。

「い、犬夜叉ー!」

 止めようと、慌ててかごめたちも追いかけるが、妖怪化した犬夜叉のスピードは早く人の足で追い付けるものではなかった。

 最後の生き残りの前に犬夜叉が先回りすると、野盗たちは腰を抜かして命乞いをした。

「た・・・助けてくれ。」

「お、おれたちはお頭の命令どおりやってただけだ。」

「勘弁してくれ。」

 男たちが拝んでいる間も、犬夜叉は爪を鳴らしながら笑顔を浮かべていた。そこにあるのは喜びだけだった。人を殺すことを楽しんでいた。

「やめて!」

 追い付いた蓮子がなんとか野盗と犬夜叉の間に滑り込む。

「もう、じゅうぶんよ。犬夜叉・・・」

 お願い、もとに戻って。

 そう願いながら、蓮子は懸命に両手を拡げて野盗たちを犬夜叉の視界から隠す。

「ごめんね。守ってあげられなくて。」

 途端、犬夜叉の目が見開かれた気がして、蓮子はゆっくり歩み寄る。

 ドガッ―――。

 しかし、次の瞬間、蓮子の血が舞った。





 ‡ 肆拾壱 ‡





「・・・あ?」

 蓮子は何が起こったか一瞬わからなかった。
 目の前には犬夜叉の赤い火鼠の衣が見える。

 急に後ろから肩の辺りを金属バットで殴られたような痛みと衝撃があり、蓮子は犬夜叉の身体に叩きつけられた。

(肩が・・・熱い・・・っ。)

 少しでも身動きしたら、体を引き裂かれるような激痛が走る。蓮子はノロノロと首だけで後ろを振り返る。

「へ、へへっ。ばけものを、やっつけたぞ・・・」

 そこには、日本刀を蓮子の右肩に突き立てる野盗がいた。
 どうやら、蓮子ごと・・犬夜叉の心臓に刀を突き立てたらしい。
 ひきつった笑みを浮かべ、刀から離れた手は気味が悪いほどガタガタと震えていた。

「ば、ばかやろぉ・・・っ。」

 野盗の浅はかな行動に悪態をつく。睨み付ける蓮子の視界の中にぬるりと犬夜叉の手が入ってきて、ぎくり、とする。
 しかし、犬夜叉の爪は蓮子を引き裂くことなく、その顔の前を通りすぎ、彼女の背中を貫く刀を容赦なく引き抜いた。

「ああっ・・・!!」

「蓮ちゃん!!」

 刀を抜かれた激痛に蓮子はその場にどしゃりと崩れ落ちる。

 視界の端に、かごめが泣いている姿が映る。

 ざり、と犬夜叉が蓮子を跨いで、野盗に牙を剥くのが見えた。どうやら、野盗の刀は蓮子の肩を貫いても、犬夜叉の心臓どころか、火鼠の衣にすら刃が通らなかったようだった。

(だめ・・・!)

 犬夜叉を止めたいのに、身体が動かなかった。

 野盗はまたなにか命乞いをしているようだったが、犬夜叉はそれには全く耳を貸さず、ほんのひと掻きで野盗の三人の首をはねた。その背中を見ながら、蓮子は犬夜叉の表情が見えないことに、彼がどんな顔をしているか想って、そっと涙を落とした。





***





「蓮ちゃん!」

 かごめが鉄砕牙を持ったままこちらに来ようとするのが見えた。

「あたし、より・・・犬夜叉を・・・!」

 蓮子がなんとかそう言うと、かごめが立ち止まる。

「かごめ様、蓮子さまのところへは私が行きます。かごめ様は犬夜叉に鉄砕牙を。」

「う、うん。」

 かごめが犬夜叉の元へ走り寄ると、犬夜叉が一瞬びくりとし、後ろへと跳び退った。

「!?」

 サク・・・と、歩いてきた霧の向こうに見えた人影を見つけて、蓮子はまた、一筋の涙を流した。

「せっしょ、まる・・・」

 地に伏せ涙を流しながら弱々しく自分を呼ぶ蓮子の姿に、殺生丸は眉を寄せた。
 臭いで遠く離れた地からでも、この場で何があったかは把握していた。
 それでも、血塗れで倒れている蓮子を見た瞬間、自分の血が沸騰するような怒りを感じた。

 彼女の前にうなり声を上げる犬夜叉が爪を構えていて、殺生丸は目を眇める。

「ふん、ただ戦うだけの化け物―――か。」

 自分たちと同じ紋様と目を赤く染めた弟の変わり果てた顔を見て、殺生丸は嗤う。

 殺生丸はまた一歩、犬夜叉に歩み寄る。

「かかってこい犬夜叉。変化したきさまの力が、どれほどのものか試してやる。」

 冷静にそう言うと、飛びかかってきた犬夜叉に殺生丸は闘鬼神を向けた。
 闘鬼神は剣圧だけで相手を切り刻む。案の定、犬夜叉はあっという間に血塗れになる。しかし、犬夜叉は己が傷付くことすら厭わず、そのまま殺生丸の剣を殴り払った。
 直接闘鬼神に触れた腕から血が吹き出る。

「ふっ、無駄なことを・・・」

 ほんの一瞬、剣を払われたくらい、殺生丸は痛くも痒くもない。
 馬鹿正直に真っ直ぐ攻撃をしてきた犬夜叉の爪をかわし、殺生丸は再度犬夜叉に闘鬼神を向ける。
 全身に闘鬼神の剣圧を受けても、犬夜叉は構わず眉ひとつ動かさない。

(犬夜叉、きさま恐怖感も・・・いや、それどころか・・・痛みすら感じていないのか。)

 殺生丸は朴仙翁の言葉を思い出す。

 ―――妖怪の血に心を喰われ、自分が何者なのかもわからず、その身が滅びるまで闘い続ける。

「ふっ、憐れな・・・よくわかった・・・」

 殺生丸ははじめて犬夜叉に憐れみを抱いた。愚かで哀しい、憐れな生き物だと。

(今のきさまは完全な妖怪などではない。しょせん半妖でしかないのだ。)


 ―――あたしね。完璧じゃない人が好きなんだ。


 ふと、そこで血塗れで転がっている女の、珍しく儚げに浮かべていた笑顔が過る。

「己の分際を思い知れ。」

 殺生丸は犬夜叉に刃を向けた。







兄上って、いつもいいところで現れますよねー。なんていうかズルいわー。惚れるわー。
今回、注意書するか悩みましたが、原作のほうがグロいからいっかなぁという結論になりました。
(20/11/07)


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