白烏の錬金術師 | ナノ

2





『地上に生ける神の子らよ、
祈りを信じよ。
さすれば救われん・・・
太陽の神レトは
汝らの足元を照らす。

見よ、
主はその御座から降って来られ、
汝らをその諸々の罪から救う。

私は太陽神の代理にして
汝らが父―――』







「・・・・・・ラジオで宗教放送?」
「・・・・・・・・・『れと』?」
「神の代理人・・・って。なんだこりゃ?」

 とある町のとある店で、三人の少年少女がそれぞれ呟いた。
 そこで食事をとりながら怪訝そうにラジオに耳を傾けているのは、瞳と同じ色の金髪を三つ編みにした少年、膝の裏まであるこれまた瞳と同じ銀の髪を括りもせずそのままはだけさせている少女、そして三人連れの中で一番人目を引く鎧を纏った大男だ。
 その異様な組み合わせを目の当たりしている店主は奇妙なものを見る顔でぼやいた。

「いや、俺にとっちゃあんたらの方が"なんだこりゃ"なんだが・・・あんたら大道芸人かなんかかい?」


 ぶばべっ!


 その店主の言葉に少年は景気よくコップの中身をぶちまけた。

「エド、汚いぞ」
「うるせー」

 エド、と呼ばれた少年に対し、少女が口の周りを拭けとハンカチを渡す。少年は憎まれ口を叩きながらもその恩恵を受けるらしく、素直にそのハンカチを受け取った。
 そのまま口の周りについた液体を拭いながら、それよりも、と、少年は白いハンカチに染みを作る原因となった発言をした店主を睨む。

(まぁ、しかたないよ。アルもいるし)

 少女はそう内心で呟きながら、少年越しの反対側にいる鎧をちらりと見た。

 本日は水を浴びたくなるような日差しの強い晴れの日なのだ。
 その上、ここ、リオールは砂漠に囲まれた町。必然的に気温は上がる。
 それなのに、鉄を着込んだ彼は周りから見て、よほどの変わり者に見えるだろう。
 また、彼は背がとても高い。
 一緒にいる少年と少女の背が低いのも相まって、とても目立って見える。
 今も椅子に座っているというのに頭が屋台の屋根にぶつかりそうだ。
 あとで立つときに注意しなくては、と少女は思う。
 少年は口の周りをちゃんと吹き終わってから改めて文句を言う。

「あのなぁおっちゃん、オレ達のどこが大道芸人に見えるってんだよ!」
「いやどう見てもそうとしか・・・ここいらじゃ見ない顔だな、旅行?」
「うん。ちょっと探し物をね」

 口にフォークをくわえたまま少年が言った。
 行儀が悪いぞ、と隣の少女から声が上がる。

「ところでこの放送、なに?」

 少年の質問に店主は信じられないと驚く。

「コーネロ様を知らんのかい?」
「「・・・誰?」」

 当然、この町に着たばかりの彼らが知るはずもない。
 少年と少女は仲良く声を合わせて訊ねる。

「コーネロ教主様さ。太陽神レトの代理人!」

 少年と少女のにべもない反応に、店主は声高々に教主の名前を呼ぶ。
 それに反応するように、周りの人間が会話に乱入する。
 そして、教主のことを口にする誰もがその人物を褒め称えている。

「『奇跡の業』のレト教教主様だ」
「数年前にこの街に現れて、俺達に神の道を説いてくださったすばらしい方さ!」
「そりゃもう、すごいのなんの」
「ありゃ、本当に奇跡!神の御業さね!」
「・・・って聴いてねぇな、ボウズ」
「うん。宗教、興味ないし」

 折角コーネロ様がどれだけ素晴らしいか話しているのに、とでも言いたげに店主が少年の態度を指摘する。
 少年はそれを否定もせずに立ち上がる。

「んじゃ行くか」
「「うん」」

 少年の言葉に隣に居た二人も一緒に立ち上がる。そして、少女が思い出したかのように隣の鎧を見上げた。

「あ、そうだ。アル」
「ん?なに?」
「あ・・・」

 少女の呼びかけに答えながら、鎧男がその巨体を重そうに持ち上げた瞬間、低い屋根に二mはあると思われる体が収まりきらず、鈍い音を立てて兜がぶつかった。
 少女の出しかけた言葉は途中で止まってしまった。バゴ、という景気のいい音が響く。

「あ───!!!」
「あ」
「あー・・・『頭、危ないぞ』と、言おうと思ったんだけど」
「激しく遅いよ・・・」

 店長の断末魔のような悲鳴が続き、それに鎧男が小さくつぶやいた声が混じった。
 兜が屋根にぶつかった衝撃で屋根に乗せてあったラジオが派手な音を立てて地面に激突した。中略。店長が大声を上げたのは言うまでもない。
 少女が、もはや伝える必要がなくなった言葉を呟くと、鎧の男はげんなりとした様子で溜息を一つ吐いた。
 しかし少女は他人事のようにそれを見ていた。実際、他人事だった。

「ちょっとお!!困るなお客さん だいたいそんなカッコで歩いてるから・・・」
「悪ィ悪ィ、すぐ直すから」

 本当に困ったように言う店主を見て、少年が素直に謝る。
 しかし、三人の表情はそれほど困ったようには見えない。

「「直すから」って・・・」
「まあまあ、見てておじさん」

 年端も行かない少女にまで宥められては、店主も黙るしかない。
 頭に手を置いて傍観する。

「───よし!それじゃいきまーす」

 何かを床に書いていたかと思うと、壊れたラジオに手を翳す鎧の男。
 それを不思議そうに見ていた店主だったが、次の瞬間。

「ぅわあ!?」

 突然の光線と大きな音に、店主だけではなく周りに居た観衆まで驚きの声をあげる。

「な・・・」
「これでいいかな?」

 爆発音のような音と煙が去ったあとには、元通り、いやむしろ前よりも新しくなったように見えるラジオが佇んでいた。

「・・・・・・こりゃおどろいた」

 今までどおり、神の言葉を紡いでいるラジオを見つめて、店主が呆然と呟いた。

「あんた「奇跡の業」がつかえるのかい!?」
「なんだそりゃ」
「ボク達錬金術師ですよ」
「エルリック兄弟っていやぁけっこう名が通ってるんだけどね」
「悪い意味でな」
「うっさい!」
「エルリック・・・エルリック兄弟だと?」
「ああ、聞いたことあるぞ!」
「兄の方がたしか国家錬金術師の・・・」
「“鋼の錬金術師”エドワード・エルリック!!」

 町民の言葉に少年は「YES!」と誇らしげに胸を張る。
 だが、しかし・・・

「いやぁ、あんたが噂の天才錬金術師!!」
「なるほど!こんな鎧を着てるからふたつ名が“鋼”なのか!」
「・・・まただなー」

 取り囲まれたのは少年ではなく、後ろに控えていた鎧のほうだった。
 少女はもはや慣れたのか、やれやれと溜息をついている。が。口元は可笑しそうに歪んでいた。
 鎧も慣れた手つきで自分でなく、少年の方を冷静に指す。

「あのボクじゃなくて」
「へ?」
「あっちのちっこいの?」
「あ。それ・・・」

 どこかで、ただでさえ細い糸のような何かが、ぶつりと見事に切れた音が聞こえた。

「誰が豆つぶドちびか───ッ!!!」
「禁句って・・・・・・あーあ・・・」
「だから、忠告が遅すぎるんだってば」

 少女のワンテンポずれた忠告に、鎧の男がため息をつきつつ忠告する。

 どうやら少年は身長を少し気にしているらしい。
 いや、訂正。かなり気にしているらしい。

 そこまで言ってない、という微かな抵抗もむなしく、店長+町人たちはその剣幕にひっくり返ってしまった。被害者は町の住民たちと何より店の店長だろう。


 ご愁傷様。(ちーん)



「ボクは弟のアルフォンス・エルリックでーす」
「オレが!“鋼の錬金術師”!!エドワード・エルリック!!!」
「「「し・・・失礼しました・・・」」」
「で、その子は?」
「・・・わたし?」

 三人の中で唯一まだ素性がわからない少女に、店主が声をかける。

「そう、あんた。国家錬金術師と一緒に旅してるってことはあんたも錬金術師なんだろう?」
「そう、ですけど・・・」
「なんていうんだい?」
「・・・ルナ、・・・ルナ・・・エルリックです」

 エルリックという家名に、妹かい?と尋ねれば、少女ことルナは少し迷ったあと頬を染めて、コクンとひとつだけ首を縦に振る。
 どうして迷う必要があるのかと店主は疑問に思ったが、それを口にする前に彼へかけられた声がそのタイミングを失わせた。

「こんにちは、おじさん。あら、今日はなんだかにぎやかね」
「おっ、いらっしゃい、ロゼ」

 突然湧いた第三者の声に、三人とも振り返る。
 そこにいたのは健康そうな褐色の肌に、明るい笑顔を称えた少女だった。

「今日も教会に?」
「ええ、お供え物を」

 いつものおねがい、といいながらロゼと呼ばれた少女が店主に金を払っていると、ふと町の住人以外の人物たちがいることに気づき、声をかける。

「あら、見慣れない方が・・・」
「錬金術師さんだとよ。さがし物してるそうだ」

 手馴れた手つきで紙袋にお供え物を詰める店主が代わりに答える。

「ども」
「こんにちは」

 隣に相対したエドとルナが軽く挨拶をする。

「さがし物、見つかるといいですね。レト神の御加護がありますように!」

 それに気を良くしたのか、元からの性格なのか、ロゼは朗らかな微笑みを残して去っていった。

「ロゼもすっかり明るくなったなぁ」
「ああ、これも教主様のおかげだ」
「へぇ?」

 以前はそうではなかったのか、とエドが意外そうな声をあげる。
 見るからに幸せそうなロゼの表情には、不幸の陰など微塵にも感じさせなかったからだ。

「あの子ね、身寄りもない一人者の上に、去年恋人まで事故で亡くしちまってさ・・・」
「あん時の落ち込み様といったら、かわいそうで見ていられなかったよ」
「そこを救ったのが創造主たる太陽神レトの代理人、コーネロ教主様の教えだ!」

 “教主”という言葉がでた瞬間、まるで水を得た魚のように次々と“教主”を褒め称え始めた人々。

「生きる者には不滅の魂を。死せる者には復活を与えてくださる」
「その証拠が『奇跡の業』さ」
「お兄さんたちも一回見に行くといいよ!ありゃまさに神の力だね!」

 しかし、声高々に言い合う町民とは裏腹に、エドはやはり興味なさ気に息をひとつ吐いただけだった。

「『死せる者に復活を』ねぇ・・・」
「うさん臭い」
「だな」

 エドがしみじみと呟いた言葉にルナは無表情で毒を吐き、エドがうんうんと頷く。

「・・・命は限りがあるから生きていられるのに」
「? 何か言った、ルナ?」
「なんでもない、いこうアル」





『祈り信じよ・・・
さすれば汝が願い成就せり』






 修理されたラジオは再び、「奇跡」の言葉を紡ぎだしていた。






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