白烏の錬金術師 | ナノ

20

 その頃のエドはというと。

「はらへった・・・・・・・・・・・・」

 エドは一人で鞄を抱えながらぐすぐすと泣いていた。腹の虫までもが悲しげな悲鳴をあげている。
 ふと、先程自分を裏切った(被害妄想)ルナの顔が浮かんできてエドは眉根を吊り上げる。

「くっそ〜ルナの奴ぅぅ〜・・・・・・こないだは「一人にしたらかわいそう」とか可愛い事言ってたくせにぃ〜!!」

 一人でルナの声まねをしたりと、最早空腹の所為で自分が何を口走っているかもわかってないようだ(可愛いとか言ってる辺り)。

「アルもルナもひどいよォォォ〜〜〜〜〜!!!!」

「ふうん?これはいらないんだな、エド」
「はい兄さん」

 噂をすれば影。
 頭上から死刑宣告を告知するような声が聞こえたので、ガバッ!っと、体を起こすとそこには先ほど自分を裏切ったと思っていた二人の姿。料理を持ったアルと飲み物が入ってると思われるポットを抱えたルナがいた。

「僕に出されたのこっそり持って来た」
「たいへんだったんだぞ。だれにも気づかれないようにもってくるの」

 喜んだエドは一番近いアルの胴体に巻きつく。

「弟!妹よ!!」
「ゲンキン・・・」
「ほんとにねーもー」

 アルは食事の乗ったトレイを落とさないように気をつけながらルナの言葉に同意する。そしてそれらを食べながら、エドはアルから先程宿でカヤルから聞いたという話を聴く。

「ふーん・・・腐ったおえらいさんってのはどこにでもいるもんだな」
「おかげで充分な食料もまわってこないんだってさ」
「・・・・・・そっか」

 アルの言葉にエドは食べかけた手を止め、自分の手の中にある食べ物を見つめた。

「しかしそのヨキ中尉とやらのおかげで、こっちはえらい迷惑だよな。ただでさえ軍の人間てのは嫌われてんのに、国家錬金術師になるって決めた時からある程度の非難は覚悟してたけどよ。ここまで嫌われちまうってのも・・・」
「・・・・・・ボクも国家錬金術師の資格とろうかな」
「やめとけやめとけ!針のムシロに座るのはオレ一人で充分だ!」
「・・・一般兵だけじゃなくて国家錬金術師でもそうなのか?」
「うん。やっぱり用兵だからね。良いとは思われてないよ」
「ふぅん・・・あ、おかわりいる?」
「軍の狗になり下がり―――か。返す言葉もないけどな。いる」
「おまけに禁忌を犯してこの身体・・・師匠が知ったらなんて言うか・・・」

 そういってため息をついた2人は、少し間をおいて見ているほうが怯えるほどふるえだす。

「「こっ・・・殺される・・・・・・!!」」
「!?」

 ルナはエドとアルの師匠に会ったことがないのでわからないけれど、この2人のおびえぶりからすると、すごく恐ろしい人なんだろうと想像がついた。

「そ、そんなに怖い人なのか?」
「き、訊かないでクレ・・・」

 弱々しく言うエドにルナはどんな人なのか気になってあってみたくなる気持ちと、この2人がおびえるくらい『怖い人=会いたくない』という気持ちとがまざって複雑だった。

 再び三人が黙り込んだところで、こんどは店の方が騒がしくなった。
 
 ドカドカッ

「どけどけ!!」

 まるで呼吸をするのも汚らわしい、とでも言うようにハンカチで口元を押さえながら、ヨキが現れた。ヨキは酒場にいる者たちの剣呑な炯眼を一瞥する。

「相変わらず汚い店だなホーリング」
「・・・これは中尉殿こんなムサ苦しい所へようこそ」
「あいさつはいい」

 ヨキのあからさまな侮蔑に、ホーリングは眉根を寄せたまま形だけの歓迎の辞を述べる。しかしヨキは、そのホーリングの厭味のこもった言葉を一蹴し、ハンカチで隠された口許だけで笑う。

「このところ税金を滞納しておるようだな。おまえの所に限らずこの町全体に言える事だが・・・」
「すみませんねどうにも稼ぎが少ないもんで」
「ふん・・・そのくせまだ酒をたしなむだけの生活の余裕はあるのか・・・」

 こんどこそはっきりとした厭味にも、ヨキは鼻を鳴らすだけだ。

「ということはもう少し給料を下げてもいいという事か?」
「なっ!」
「この・・・・・・!!ふざけんな!!」

 その言葉に我慢ならなくなったカヤルが、ヨキへと雑巾を投げつける。

「中尉!!・・・っのガキ!!」

 雑巾を額から退けながら、ヨキは払いのけるようにカヤルの頬を殴り、カヤルはその勢いで床に倒れ込んだ。

「カヤル!!」
「子供だからとて容赦はせんぞ」

 いいながら手だけで合図を出すと、側に控えていた兵が刀を抜く。

「見せしめだ」

 ヨキの言葉が無常に響き、それを合図に側近が抜き身の剣を振り上げる。ホーリングが息子を庇おうと身を乗り出すがとても間に合いそうにない。その場に居る誰もがカヤルの死を予感した。
 しかし、いつまでたっても剣は振り下ろされることなく、少年の断末魔も、肉と骨を絶つ音もしなかった。かわりにしたのは高らかな金属音だけ。

「!?・・・ええ!?」

 恐る恐る眼を開けたカヤルの前で、兵の持っていた剣が折れる。カヤルとヨキの側近の間に、中身の入ったままのコップを持ったエドが右腕でカヤルを庇うような形で立っていた。

「エド、せめてコップ置いてからにしようよ」
「うっせーな、忘れてたんだよ」
「まぁそれはいいけど。こいつらムカつく」
「そーだなー」

 入り口の前に立っていたヨキの後ろからルナがとことことエドに歩み寄り、ちらりと背後にいるヨキを振り返りざまに少し睨みつけながら、淡々と不満を口にする。
 エドはルナの言葉に相槌を打ちながら、手にしていたコップに口をつける。斬りつけられた右腕はちっとも痛んでいない様だ。

「なっ・・・なんだ、どこの小僧と小娘だ!?」
「通りすがりの小僧です」
「アンド小娘です」

 カップの中身を啜りながら言うエドに、ルナもジト眼で軽くヨキを睨みながら続ける。数刻遅れてアルも入り口から、ぬ〜と入ってくる。
 エドを切りつけた兵士はというと、未だに狼狽したように自分の折れた剣とエドの右腕を交互に見比べながら、顔中に嫌な汗を浮かべている。

「おまえには関係ない!さがっとれ!」
「いや、中尉さんが見えてるってんで、あいさつしとこうかなーと」

 はじめこそめんどくさそうに言いながら、エドはおもむろに国家錬金術師の証である銀時計を見せつける。その顔は頗る楽しそうだ。

「これがなんだと・・・」

 胡散臭げにエドが差し出したものを見たヨキは、そこに細工してある大総統紋章に六芒星があしらわれた銀時計を目に留め、自分の目の前にいる少年がどんな人物であるか悟り、一瞬で顔色を変えた。

「中尉殿なんですこのガキ・・・」
「馬鹿者!!」「でっ」

 顔色を変えたヨキに、剣を折られた側近がエドを指差しながら訊ねようとするが、エドの身分を理解したヨキは明らかに侮辱を言葉にしようとする部下をはたいて止める。
 声を低くしてひそひそと話し合う。
 しかし、常人よりも遥かに耳がいいルナは、ヨキたちの内緒話をすべて聞いていた。

(こいつらホントに嫌な性格してるな)
「ルナ」
「ん?」
「今なんか「ちっこい」ってきこえなかったか?」
「・・・・・・・・・気の、せいだよ」
「そうか・・・?」

 少しどもってしまったが、動揺というよりは、ほとんど呆れが入っているからだ。

 なんて地獄耳だ。

「部下が失礼いたしました。私、この街を治めるヨキと申します。こうしてお会いできたのも何かの縁、ささ、こんな汚い所におらずに!田舎町ですが立派な宿泊施設もございますので!」
「そんじゃおねがいしますかねー。ここのおやじさんケチで泊めてくれないって言うんで」

 エドの「ケチ」という言葉に、ホーリングがむっとする。

「一番良い部屋を用意させていただきます!いいか貴様ら、税金はきっちり払ってもらうからな!また来るぞ!」

 ヨキ中尉はそういうとドアを勢いよく閉め、エドをつれて行った。

「ぐわー!ムカつく!!」
「「どっちが?」」
「「「両方!!」」」


 頭を抱えて悶えるカヤルに、アルもルナも答えは分かっている質問をたずねてみると、傍に居たほとんどの人間がやはり想像通りの答えを異口同音で唱えた。

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