白烏の錬金術師 | ナノ

10

「さて、では我が教団の将来をおびやかす異教徒はすみやかに粛清するとしよう」

 再び能面のような“救世主”の顔を貼り付けた教主が後ろにあるレバーを下ろす。

 あからさまにどこかで、何かが降りる機器音がする。

「この賢者の石というのはまったくたいした代物でな。こういう物も作れるのだよ」

 何かが獰猛そうな唸り声と足音をさせて近付いてくる。

「わーなにアレ」
「合成獣(キメラ)を見るのは初めてかね?ん?」

 三人が振り返った先に現れたのは、獅子のような体躯に鷹の爪と鰐のような尾を携える、自然には生まれるはずのない獣が二匹。
 初めて見る生き物に、ルナは目を燦然と輝かせた。

「こりゃあ丸腰でじゃれあうにはちとキツそうだな。と」
「もう一匹はわたしがやるよ」
「今回、ボクの出番なし?」

 それを見たエドが両手をあわせ、地面に手をつく。
 エドが何をしようとしているのかわからない教主が首を捻るが、すぐに巻き起った閃光と室内では不自然な旋風がその答えを引き出す。
 粉塵が去って視界が明らかになった頃には、エドの手の中にそれまでは無かった槍が出現していた。
 そのエドの練成に教主が目を見張る。

「うぬ!錬成陣も無しに敷石から武器を錬成するとは・・・国家錬金術師の名は伊達ではないという事か!!」
「それじゃわたしも」

 教主が言い終わるのを待たずにルナが両の手を合わせる。
 しかし、エドのように何かに触れることなく手を宙に掲げる。
 すると、瞬く間に紅の光がルナの身体を包み込み、それが段々と右手に凝縮され、腕が変形し光沢を帯びる。次の瞬間には、伸ばされていた右腕は刃へと変化していた。

「なっ・・・!?まさかっ・・・生身の肉体を金属に変えるだと!?」
「わたしの身体は特殊でね。皮膚の原子配列を組み替えて人体を金属へと変えることができる」
「そんな馬鹿な!?ありえないだろう!!」
「ありえなかろうがどうだろうが、こうしてできるやつがいるんだからそれが真実だろう」

 教主の常識的な叫びにも、ルナは冷ややかに返すだけだった。

「くっ・・・だが甘い!!」

 教主の言葉が終わるや否や、一匹の合成獣がエドに鋭い爪で襲い掛かる。 バキン、と硬い音をたてて、鉄でできているはずの槍が、飴細工のようにあっさりと折れてしまう。

「ぐ・・・」
「うはははは!!どうだ!!鉄をも切り裂く爪の味は!?」
「エドワード!!」

 豪爪が掠めた足を押さえて呻くエドに、教主は歓喜し、ロゼが悲痛な声を上げる。
 それを見たアルとルナの弟妹たちは呆れた視線を注ぐだけだった。彼女らの背後にはすでに変わり果てた合成獣が無音で横たわっている。音もなく行なわれた殺戮に、誰も気付くことはなかった。

「・・・なんちって!」

 教主とロゼの反応に気を良くしたように、エドがにやりと口の端を釣り上げる。
 その瞬間、ベキと軽い音をたてて、合成獣の鉄爪が折れてしまった。それに驚く間も無く、エドの蹴りが無防備な獣の腹にめり込む。

「あいにくと特別製でね」

 蹴りをいれた形のまま持ち上げたエドの左足は、鈍い光沢が引き裂かれた服の間から覗いていた。

「・・・・・・ッ!!?どうした!!爪が立たぬなら噛み殺せ!!」

 彼の言葉の意を解せず、そしてルナがいつの間にか既に合成獣を倒していることに漸く気付き、唯一残っている合成獣に教主が命じる。従順な獣は地響きのような咆哮をあげて、エドに食らいついた。エドはその鋭い牙を、自分の右腕を盾にして受け止める。
 人間の、それもまだ成長しきってない少年ならば、すぐに腕ごと食い千切られていただろう。しかし、合成獣がどんなに歯を食い込ませても、残った爪を立たせても、彼の顎や剛力がエドの腕を傷つけることはなかった。


「どうしたネコ野郎。しっかり味わえよ」


 しばらく、懸命に主の命に従う獣の好きにさせていたエドだったが、すぐに左足で蹴り上げる。強化され、鉄よりも強い硬度を誇るはずの牙が、やはりその爪同様、簡単に砕け散った。


「ロゼ、よく見ておけ」


 その際、散々牙や爪を立てられた腕を覆う衣服が剥がれ、


「これが人体錬成を・・・」


 その下にある彼の肢体を露わにする。


「神様とやらの領域を侵した咎人の姿だ!!」


 それは足と同じく、人の体としては相応しくない、鈍い光を放っていた。


「・・・・・・・・・鋼の義肢“機械鎧(オートメイル)”・・・」


 ほとんど服としての機能を果たしていない布を、無理やり剥ぐ。


「ああそうか・・・・・・」


 “鋼の錬金術師”!!


 現れたのは生身の腕ではなく、冷たい威光を返す、無機質な腕。


「降りて来いよド三流。格の違いってやつを見せつけてやる!!」





 そう言って振り上げた手のひらにあたる風を、エドは感じることができなかった。






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