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恰幅のよい男が人好きのする笑みを称えたまま手を振っていた。民衆は教主へ「奇跡の業を!」と口にしている。
教主はその声に応えるように、宙を舞っていた一輪の小さな花を手で包むと、眩い光とともにひまわりへと姿を変えた。
「・・・どう思う?」
トランクに乗って眺めているエドが隣にいる弟に問う。
「どうもこうも、あの変成反応は錬金術でしょ?」
「だよなぁ・・・おい、ルナはどう思う?」
「あのひまわりほしいなぁ・・・」
「おまえにまともな返答を期待したオレが馬鹿だった」
アルの肩に乗っていたルナは身を乗り出しながら、少しほおけたようにうっとりと舞い散る花々を眺めていた。
ちなみにルナは教主の練成よりも、アルに肩車されていることのほうに喜んでいる。
「それにしては法則が・・・」
「皆さん、来てらしたのですね。どうです!まさに奇跡の力でしょう。コーネロ様は太陽神の御子です!」
“奇跡の業”を眺めていた三人に気づいたロゼが興奮気味に近寄ってくる。自分の信じていたものが正しいのだと確信しているようだ。
「いや、ありゃー、どう見ても錬金術だよ。コーネロってのはペテン野郎だ」
「エド、ハッキリ言い過ぎ」
身も蓋も無いエドの言い草に、ロゼが軽く怒りを覚える。その様子をみていたルナが、わざわざ敵を作るような発言をしなくても、と小さくため息をつく。
「でも、法則無視してんだよねぇ」
「うーーーーーん。それだよな」
「法則?」
錬金術に詳しくないロゼが聞きなれない単語に軽く首を傾げる。
「一般人から見たら、錬金術ってのはなんでも出せる便利な術だと思われてるけどね、実際にはきちんと法則があって───」
アルが鉄の指を立てて、丁寧に説明する。
「大雑把に言えば、質量保存の法則と、自然摂理の法則かな。術師の中には、四大元素や三原質を引き合いに出す人もいるけど・・・」
「ルナがそうだよな」
「まあな」
「???」
それでもわからなかったらしく、ロゼが頭の周りに疑問符を飛ばしながら冷や汗を流す。
「えーとね。質量が一の物からは同じく一の物しか練成できないってこと」
「だから、水の性質の物からは同じく水属性の物しか練成できないんだ。水から氷はつくれるけど、水からガラスはつくれないみたいに」
ルナの言葉のあとにエドが腕を組みながら強い口調で続ける。
「つまり、錬金術の基本は『等価交換』!!何かを得ようとするならそれと同等の代価が必要って事だ」
「それをあのおじさんは無視しているんだよ」
「だからいいかげん、奇跡の業を信じたらどうですか、三人とも!」
とりあえず、最後の教主は特殊だということは理解できたらしく、ロゼは自分が正しいことを主張するが、兄弟の耳にはすでに入ってなかった。
エドは教主が練成を行なうときに必ず使う右手に目を留める。そこには聖職者には似つかわしくない、血のような紅い石の指輪が光っていた。
「・・・兄さん、ひょっとして」
「ああ、ひょっとすると・・・」
エドの瞳が獲物を見つけた動物のように光った。
「ビンゴだぜ!」
「? リンゴだぜ・・・?」
「アホッ!ビンゴだビンゴ!!」
きょときょとと本気でリンゴを探し始めるルナにつっこみを入れた後、コホンとひとつ咳払いをしながら、エドは病的な速さで身を翻す。
胡散臭い笑顔を振りまきながら、胡散臭い口調で、胡散臭くロゼに手を振る。
そのあまりにもの胡散臭さに、アルだけでなくルナまでもが、小さく「ひぃ!」と言葉にならない悲鳴をあげた。
「おねぇさん。ボク、この宗教に興味持っちゃったなぁ!ぜひ教主様とお話したいんだけど、案内してくれるぅ?」
アルとルナの背筋に冷たいものが吹いた。
「まあ。やっと信じてくれたのですね!」
えぇ!? 信じちゃうんだ!?
アルとルナの心の絶叫もなんのその。
エドの豹変振りにも、なにも疑問を抱かず、嬉しそうに両手を合わせて喜ぶロゼを二人は見つめながら、
((そりゃ、騙されるはずだよ))
と、弟妹の心は一つになったそうな。
人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。
何かを得るためには同等の代価が必要。
それが錬金術における等価交換の原則。
あの頃の僕らはそれが世界の真実だと信じていた───。
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