今頃夏は地球上の何処で誰と何をしているのだろうか。路地を焦がすあの輝かしい太陽が今となっては魅力的に思えて仕方ないのだけれど、張り詰めた空気に薄く溶け込む吐息の白さもなかなか嫌いにはなれなかった。食欲を過剰にそそる乾いた風とは別れを告げたばかりで、暁を忘却に追いやる麗らかな日差しは暫くやって来ないし、となると冬とこうして仲良くしていくしか術はないのだ。季節がもたらす景色はどう足掻いても変えることなど不可能なのだから、なるほど私たちの身を凍らす冷えた朝陽にも憧憬の念を覚えることが出来る。しかしながら身体は憧れなど露知らず震えてしまって、これではあの焦げ付いた太陽と過ごした日々を懐古してしまうのも無理はない。

「もうすぐクリスマスね」

朝焼け彩る街並みの喧騒は如何に陽気な国なれど昼間のそれよりかは幾らか抑えられていて、静けさの蔓延る空気に残り僅かな暖も吸いとられてゆくようだった。トリッシュの覇気のある声は静寂に沈む通によく映える。

「クリスマスねえ……」
「なあに、なまえ。なんだか嬉しそうじゃないみたいね」
「あんまりいい思い出がなくて」

彼女のなだらかな曲線を惜しみなく主張する服も今ではダッフルコートの向こうに隠れてしまっていて、それは当たり前のことながら、少し残念に思ってしまう。雪が、そうだ雪が降ってしまえばいいのだ。雪さえあれば、この煩わしい寒さも静けさも侘しさも、全てを愛してしまえるというのに。ぼやけた白銀で街中を覆い尽くして、全部ぜんぶ塗り替えてしまえばいいのだよ。幾つになっても銀世界を夢見る子供染みた私を、どうかすくい上げて欲しい。

「どうして?チームのみんなと過ごすなんて、とっても楽しそうじゃない」
「確かに楽しいけど、あいつら毎年後片付けしないんだよ。次の日の朝は生ゴミやら酒瓶やらがそこら中に転がってて」

去年一昨年それ以前の惨状を脳裏に浮かべると、それだけで頭痛が走る。円を描くよう指でこめかみを撫でる私に、トリッシュは伸びやかに笑った。つられた私も少し笑えた。

「自分の出したゴミも片付けられないなんて、ガキかっつーの。結局全部私が綺麗にしなきゃいけないのよ?みんな二日酔いで潰れちゃってるし。今年もそうなるに決まってるの」

羽目を外せる貴重な日なのだから自然とそうなってしまうのは致し方ないとも言えるけれど、それにしたって外し過ぎるにもほどがある。あのブチャラティでさえ翌日は疲弊で項垂れっぱなしになるのだから、酒の力とは真に恐ろしいものである。毎年進んでその愚行を繰り返すあの男共だってある意味恐怖としか言い様がないのだけれど。人間の脳には失敗を都合良く掻き消してしまえる機能が存在するらしい。これはとても恐ろしいものだと思うよ。

「今年はあたしがいるじゃない。こう見えても、掃除は得意よ」
「ふふ、ありがと。トリッシュがいれば百人力だね」

白い吐息はふらふらと空中に混ざりあって消える。謀らずとも歩幅が似通ってしまうのは、つまりそれほどの間柄であると考えてしまっても良いものなのか。

「甘党なジョルノもいることだし、今年はケーキを多めに買わないといけないかな。ねえトリッシュ、今度一緒に選びに行こうよ」
「ええ、もちろん」

しかし同年代の、しかも女の子とショッピングだなんて、ギャングの身である私からすれば少し前には想像もつかなかったこと。なんだかとても、とても不思議だ。身体中がふわふわしてきた、ああ今なら容易く飛べるのではと在りもしない夢想に浸るくらいに。

「それから、クリスマスが終わればすぐに新年だね。今年ももう終わりかあ」
「毎回思うけど、一年って長いようで本当にあっという間よね」
「ね、ヤになっちゃうよ」
「それほど充実してたってことだわ、きっと。色々あったけど」
「色々あったね」
「本当に、忘れられないくらい」
「忘れられないね」
「ねえ、なまえ」
「うん」

彼女の派手な色合いの髪が揺れる。その瞬間。何故だか煩わしい寒さも静けさも侘しさも、全てが愛しく感じられた。そうだ雪など初めから必要ないではないか。

「来年も、よろしくね」

白銀のやわらかさは、彼女のそれと酷く似ていると思うのだよ。

 
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