濃紺の絨毯が空に敷き詰められた真夜中24時過ぎのこと、くるりくらくらと自身を輝かせる星たちに見下ろされ、独りベッドの上で手足を折り曲げる。少し前まで暖かかった空気は此処数日で過分に冷え込み、窓も扉もきちんと閉め切ったこの部屋でさえその冷温に捕らわれていた。ブランケットを手繰り寄せ体にきつく巻き付けてみるも、付け焼き刃の試みにあまりいい効果はみられない。去年の今頃はどうだっただろう、身震いするほどだっただろうか。去年、は。去年。この染み入る寒さの原因が外気だけではないことなどとっくに分かってはいるのだけれど、かと言って解決法もないのだからどうしようもなかった。去年と今年では、何もかもが違い過ぎる。

脳も瞼も冴え渡り、寒さも手伝ってとてもじゃあないが眠りにつくことは出来そうにない。ただ縮こまっているだけなのも情けないので、珍しく勉強にでも精を出してみるかと思案を重ね始めたところ、控えめに扉をノックする音が耳に届いた。寝ているのならば起こすつもりはないけれど、もしも起きているのならどうか開けて欲しい。そんな思惑が滲み出た、心もとない最小限の音量を奏でるノック。この時間帯に生徒が寮中を彷徨くことは固く禁止されているし、ましてやこんな夜更けに部屋を訪ねて来る輩は、ただの1人しか思い浮かばない。先程までのメランコリーは何処へやら、軋むベッドから飛び降り、はやる気持ちを抑えドアノブを回す。扉を開けてそこにいたのは、ああ、やはり。


「よう、ジョルノ」
「こんばんは、なまえ」

かつての級友、ジョルノ・ジョバァーナ。数ヶ月振りに会った彼は、以前よりも悪い意味で幾らか痩せて見えた。

「すいません、また急に来てしまって」
「いいっていいって。それより早く入れよ、先生に見つかったらヤバい」
「……ええ、ありがとうございます」

彼ほどの男がそんな愚行をおかすとも思えなかったが、一応廊下の左右を見渡し、誰もいないことを確認してから手招きする。ソファの上に散乱した教科書やら雑誌やらを放り投げる勢いでどかして、まったく掃除くらいするべきだったと遅すぎる後悔。確か以前の彼の来訪時にも部屋の惨状に焦った覚えがある。何も成長しちゃあいない。

ジョルノが突然学校を辞めてから、早いものでもう半年以上が経つ。クラスメイトであり同じ寮に住む友人であり、二年と少しの間一枚の壁を隔てて暮らしていた隣人が、急遽風の吹くようにいなくなってしまった時の俺の心情と言えば、自分のことながら形容し難いものがあった。勿論寂しいのが大半だったが、彼の心に根付いた大きな夢については兼ねてから聞き及んでいたし、ということは、心配していたところの方が大きかったのかもしれない。それと当惑。加えて少しの憤慨。更にはいなくなった時と同じように突然、数ヵ月に一度の割合で此処を訪ねて来るものだから呆気にとられて怒るに怒れない。しかもその度に決まって哀しげな色の双眸を向けられるから、余計に。

「砂糖一つ、ミルク多めで良かったよな」
「はい」

安っぽい紅茶しか用意できないのが実に申し訳ない。ミルクを少し垂らした自分の分とジョルノのカップをテーブルに置いて、彼の隣に腰を降ろす。薄く立ち上る湯気に、ジョルノの緑の瞳が微かに潤んだ。

「……なんだよ」
「その、ぼくの好みを覚えていてくれたことが、嬉しくて」
「なんだそりゃ」

彼にしては妙にあどけない笑顔を浮かべられてこちらまで何処か気恥ずかしくなってしまう。誤魔化すようにまだ熱い紅茶のカップに口をつけてから、この数ヵ月にあったことをぽつりぽつり話し出せばジョルノはそのままの緩んだ表情で耳を傾け続けていた。この間のテストが最悪だったこと、寮の補修工事が漸く終わったこと、学友たちは相変わらず元気だということ。そう、そういえば、去年までこうして夜には二人どちらかの部屋に忍び込んでくだらないことを語り明かしたものだった。今となっては近いようで昔の話である。

「なまえが変わりないようで安心しました」
「お前も全然変わってないじゃねーか。相変わらず甘党だし」

その、ギャングとか、俺にはよく分からないけど。
夢を叶えたことで彼が得たもの失ったものどちらが多いのかさえ知る由もないが、それでも本当に、本当にジョルノに変化はないと思う。同い年のはずなのに俺より遥かに大人びた容姿と思考、強く真っ直ぐな意志を灯した瞳。本心からそう言ったのに、それでもジョルノは寂寥の滲む目を寄越した。こっちが寂しくなる、くらいの。

「なまえ、……なまえ」
「ん、」

唄うように名を呼んで、ジョルノはそのまま白い額を俺の肩に押し付ける。なまえ。綺麗で優しげな声。ギャングのボスだなんて冗談にもならない嘘なんだろう、そう思わずにはいられないほどの。

「なまえ、は、ずっと変わらないままでいてくださいね」
「……ジョルノがそう言うなら」

表情は窺えないけれども、空気が揺れたことでジョルノが薄く笑んだのが分かる。夜の闇に怯むことのない彼の金糸を視界の端に留めて、網膜に焼き付けるよう忘れないよう静かに瞼を下ろした。くるりくらくら輝きを放つ星たちに、どうか俺たちが変わりませんようにと願いながら。

 
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