男所帯ともなると必要最低限の家具と申し訳ない程度の生活感がうっすら漂う簡素な空間になるか、もしくは不必要な物ばかりが部屋の面積を占める目も当てられないほど凄惨とした状態になるか、だいたいがこの辺りの二択であると思われるが、どうやら彼らの住処も例には洩れず、尚且つ残念ながら後者の道をひた走っているようである。大の男が幾人も集まれば内の1人や2人が使命感に駆られ清潔を保とうとしていい気もするが、どうもそんな良心的な存在さえ現れないらしい。数週間前に訪れたときよりも輪を掛けて散らかった彼らのアジトを一瞥して、なまえは感慨のこもった嘆息を吐いた。夕陽が姿を消して間もない宵の口のことである。

「これは酷い」
「昨日プロシュートとホルマジオが随分飲んでな」

嘲りの意を含んだなまえの口調とは変わり、リゾットはさして抑揚のない声で答える。確かに床には何本もの空瓶やら缶、何故か脱ぎ散らされた衣服が転がっているし、部屋へ入った当初から鼻をついていたアルコール臭から昨夜即席の宴会が開かれたのは容易に想像がついた。しかしそれらを差し引いたとしても十二分なほど部屋の様相は醜悪で、とてもではないが酒が免罪符の役割を果たしそうにない。B級映画で頻発する抗争に使われた廃墟のようだといえば言い過ぎだが、雰囲気は正しく当てはまった。靴底が床と擦れる度に細かい粒子と触れ合うざりざりとした胡散臭い音がする。一刻も早い処置が為されるべきだと思った。

「あとはギアッチョと酒の回ったプロシュートが些細なことで、ほんの少し、喧嘩をし始めた所為もある」
「ははあ、成程……これは酷い」

散乱されつくした元の分からない木片やら文字通り四方に飛び散った硝子の破片やらの原因は案外簡単に明確化したのだけれども、道理をわきまえた筈の大人(若しくはそれに近しい年齢の輩)がどうトチ狂えば此処まで気兼ねなく『ほんの少し』暴れられるのか。道理なんてとうに棄てた連中ばかりのパッショーネでは疑問にすらならない愚問なのかもしれないが、何せそんな奴らと商売する身であるなまえとしては一抹またはそれ以上の不安、及び呆れを感ぜずにはいられない。おびただしい量の薄氷が壁を覆い尽くしていたり、妙な煙が充満していたような痕跡はないことが救いだろうか、チーム内のいざこざでスタンドを使わないという最低限の分別はあるらしかった。
なまえは足元に転がる酒瓶をやんわりと蹴る。すでに空だろうと踏んでいたのに、中から何とも検討のつかない液体が溢れ出して床に薄く染みを作った。俄に表情筋が強張るのを感じた。

「こんな生活してたら楽しくてしょうがないだろ?」

勿論混じり気のない皮肉のつもりである。

「そうだな。……あいつらといると、飽きない」
「……ふーん」

しかし割合真剣に、且つしみじみと答えられてはそれ以上何も言えなかった。良く言えば古典的で趣のあるこの家屋で彼らがそれなりに楽しく過ごしていることは知っていたけれども、どうやら想像より遥かに愛着の湧くような毎日であるらしい。当たり前のことながら、泣き叫ぶ子も躊躇いなく殺す暗殺者も人の子であるわけで、人並みに執着を持つということか。殊にリゾットにおいては、何もかも淡白な構えの人間であるとなまえは踏んでいたのに。

「ちょっと妬いちゃうなァ」
「……なんのことだ?」
「君の、その兎みたいに可愛らしい瞳に僕も映らせて貰いたいっていう、そういう話」
「言いたいことが理解しかねる」
「君ともっと仲良くなりたいってこと」

媚びた笑みをわざとらしく作ってみせれば、彼特有の赤い瞳が不思議そうに揺れた。その色はといえば、かの耳の長い小動物と、いつか食べたことのある水菓子とを彷彿とさせた。味の方はあまりよくなかったと記憶している。

「オレたちは仲が悪かったか?」
「んー、今のはなかなか面白い。ベネ」

本当に、それなりに。意図的か否か、冗談なのか真面目なのか、振り幅の少ない声色からは心情を上手く読み取ることができない。若しくは真剣なジョークという線の可能性も捨てきれなかった。

「よく分からんが、そうだな、今日はオレもお前と過ごしていたいと思っていた」
「え、なにそれ、そんなフラグ何処にあった?俺が見落としてただけかな……」

フラグとは?首を傾けるリゾットに、いいや何でもないと短く返す。今までの会話からこの流れに至る要因は何だったのか、それを遡ることに必死だった。

「幹部からお前に渡してくれと頼まれていた書類があってな」
「物品リストが書かれてるいつものヤツね」

と言うよりも何も、今日なまえが此処を訪れたのはそのリストを受け取る為なのだから、今更改まって説明される必要もない。昨日はあの棚に置いておいたんだが、とリゾットが指し示す先には大破した木製の何かがあった。上半分が中途で引き裂かれたようなそれは、ひしゃげきった所為で一目見ただけでは元が何かも分からない。

「不思議なことに、今何処にあるのか全く不明だ」
「おいおいそれって……」
「どうやら昨日の喧嘩に巻き込まれて消えたらしい」

愕然。背中に伝うものは得体の知れないなにか。つまり、あの薄い体に膨大な情報を抱えたリストはこの荒れ果てた部屋の彼方で、来るべき受取人を待ちわびながらひっそりと埋もれているということだ。何とも健気で幼気で、いじらしい話であった。発狂しそうになった。

「ついでに片付けも手伝ってくれると助かる」

既にリゾットはがらくたの撤去作業に取りかかっている。悪びれることなく相も変わらずの調子であるその姿勢を眺めながら、なまえは掃除代金とはいくら貰えば元がとれるのだろうと、半ば現実逃避にそんなことばかりを考えていた。
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