例えばあなたが、その薄く血管がのさばる瞼を持ち上げて、瞳を覗かせたとするね。その角膜は、おそらく、わたしを捉えるわけだ。それだけで世界の終わりが見えてしまうほど、わたしは夢見る女の子ではないのだけれど…。独りでに舞い上がってしまうくらいには、焦がれている自覚があるよ。もちろん、なににって、他ならぬあなたにだ。恐ろしいほどの浮遊感、出所の分からない高揚感、捌け口の見当たらぬ焦燥感……ああ、きっと、これが恋と呼ばれるものだね。多分そうだね。

「すてき。恋ってすてき!大人になってもこの気持ちを忘れたくはないのです」
「それはとてもいいことだろうが……そう、そうだな。その方がより君の手も美しく成長するだろう」

ソーサーに置かれたカップがソの音を立てたので、わたしは二、三度右と左の人差し指を互いに擦り合わせることにした。ふにふにとした感触はすきの語感と瓜二つで、なんだかわたしはちょっぴり嬉しくなってしまうのだ。
ううむ、しかし、美しいといえば、その蜂蜜に晒したような柔らかな髪だとか、世を達観し尽くしてしまったような目玉だとか、不健康そうな色合いの頬だとか、わたしの中ではそういうものが揚げられていくものだし、まず第一に、心苦しいのだけどもね、わたしは自分の手首から先を、着飾ってみようなどという気持ちは毛頭ございません。悪しからず。秀麗の極致を極めようが、醜悪の権化へと成り下がろうが、これといって努力を重ねるつもりはないので、悪しからず、ご了承くださいませ。おそらくきっと、わたしったら愛されるより愛したい派閥にカテゴライズされる人間なのよね。多分ね。

「愛って難しい!」
「ふむ、わたしも一生掛かっても解りっこないと思ってるよ」

わたしは人知れず息を呑む。何故って、吉良さんはわたしが今まで関わってきた大多数の大人の中で、一番聡明で思慮深く、話の分かる、つまりは最もスバラシイひとだったからだ。その吉良さんが解らないってことは、そういうことは、もうこの世で愛の愛たる意味を解した存在などいないのではなかろうかという、極めてそんな感じの恐れさえ抱いてしまうのである。少なくともわたしの世界では。どんなに美しい言葉で綴ってあろうと、どんなに深みのある音で奏でていようと、どんなにもっともらしく口頭で連ねていようと、わたしの中で愛はそういう理解不能な位置付けになってしまいました。巻き返せる日は、来るの、で、しょうか。

「なまえ、手を」
「はあい」

吉良さん曰く未かんせい、はってん途上、せいちょう途中であるわたしの手首から、親指の付け根。付け根から、親指のはら。はらから、つめの白い、なんて名前かはご存知ないですが、そんな部分。そんな部分から、指と指を繋ぐ薄いにく。そんなふうに、吉良さんは一種の大変な変態たる紳士さを醸し出しながら、真摯にわたしの手をすべらかに撫ぜた。わたしの手を、なにか形の見えないものをどうやっても認識したいとでもいうふうに、執拗に。

「吉良さんは、どうして手が好きなんですか。愛ですか」
「難しい質問だね。そう、愛かもしれない」

つまりは滑らかに自立する五本の節がそうだと?その端から端へとどくどくと流れる温かいものがそうだと?ぜんぶを包んでいるやわらかな皮膚がそうだと?その頼りない白さがそうだと?優れた感覚をもつ、どうあろうと二つしかない、これが、そうだと?むずかしい話だこと。

「強いて言えば、わたしにとって、愛は胸ポケットに収まる程度で充分だということだ」

吉良さんはコーヒーを一口含む。わたしはそれを息を潜めてじっと見つめる。ハッとした。わたしがその僅か一滴にでもなれやしたら…数ミリのカフェインにでもなれやしたら…残らず嚥下され、喉をくだり、食道を蠕動し、心臓に最も近い位置で止まりたい。その場所で、表皮に阻まれて一生届かぬであろう心臓の、その甘さを思い浮かべ、恋い焦がれて、おかしくなる前に、いつか溶けて死んでしまうのだ。そうして細胞未満の存在になったのちに、ぐるぐるぐるぐるぐると、すべての血管を、延々と時間をかけて、巡ってゆくのだ。ああ、そう、もしかするとこれがわたしの、
 


融合したひとさしゆび
title:へそ
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