ああ、駄目だ。これは駄目だ。死ぬ、死ぬとも、もうすぐ死んでしまうだろう。傷口から血が吹き出て、そこに菌が入って、やがて外側から内側からじゅくじゅく腐って死んでいくんだぜ。物凄い痛みの中でお前は息絶える。駄目だ、ああ、これは駄目だ。


「それで、いつになったら死ぬんです?」
「もうすぐだと言ってるだろ」

何度繰り返されたか判別のつかない台詞を厭きもせずに掛け合う中で、彼は私の足に真っ白な綿を遠慮なく押し付ける。消毒液をたっぷりと含んだそれが傷と触れあう度に、気が遠くなるほどの痛みと引き合わされて知らず眉の間に皺を作ってしまった。くくっと喉に引っ掛かる笑い声に地についたはずの機嫌がまた坂道を転がる。人差し指で無理矢理皺を伸ばしてやった。痛みには慣れているのに。

「それにしても、ざっくりとやられたな」
「はじめの情報と、ちょっと違ってたんです。スタンド使いが二人いた」

別段それをこの醜態の言い訳にするつもりはないけれど。怪我は自分の不注意と未熟さの所為で、きちんと原因を把握すればあとは今後に生かすだけのこと。何より任務は無事成功を納めたのだから、それで充分だろう。敵から逃げて、役目を果たさずに帰ってくるだなんて、そんなボスを失望させるようなことこそあってはならないのだ(そうだ、私は傷を負うことよりも任務を失敗する方が途方もなくこわい、おそろしい)。
ぼたりぼたりと床を叩いていた私の血液が漸く少し収まってきたところで、今度はするすると包帯が足に回される。この部屋には珍しい真っ当な医薬品の匂いが鼻を掠めた。

「というよりですね、仕事を完遂させる為には足の一本か二本くれてやるしかなかったんです。相手さんが割りとしぶとくて」
「どうでもいい仕事にそこまで熱を入れる理由がわたしには分からん」
「あの、仮にも親衛隊の一員としてその発言はどうかと。喜ぶべきですよ、ボスのお役に立てたのですから」
「任務成功の代わりにお前は死ぬがな」
「これくらいの怪我じゃ死ぬわけないって貴方が一番知っているでしょう」
「それは分からんぜ。もし新種のウィルスが入り込んでいたりしたら」

死ぬ、もうすぐ死ぬなあ。だなんてまた同じようなことをにたにた笑って言うものだから、そろそろ相手にするのも煩わしくなって溜め息だけを返しておいた。淡白な反応が気に入らなかったのか、小さな舌打ちが空気を揺らしてやって来る。確かに血は大量に出ていたけれども失血死できるような勢いではなかったし、死ぬ間際の淵に立たされていたとしたらこうものんびりと会話もできやしないだろう。初めこそおどろおどろしい口調に気圧され気味ではあったものの、これは性格の悪い彼にとってのただのお遊びなのだ。私の記憶が正しければこの場には麻酔があるはずなのに、わざわざ使わずにいるのだって、不要な痛みを覚えさせたいからに決まっている。本当に、いやなひと。

「もしウィルスか何かが紛れ込んでいれば、それは絶対に貴方がやったんでしょう」
「わたしはそんなことしない」
「うそだ」
「わたしならもっと目に見えて即効性のあるものにする」

しゃきんと鋏が布を裁断する耳障りの良い音が広がって、どうやら取り敢えず処置は完了したらしい。膝下から足首までを覆う真新しい包帯は薄暗い部屋に弱々しく映える。
これまでに私が驚いたことが三つばかしあった。一つ、此処にまだ使える医療品が存在していたということ。二つ、彼がなんの面白味もない手当てを(数々の脅し文句を添えながらも)してくれたこと。三つ、彼が本当に手当てが出来る人間だったということ(なんと、彼が元医者だというのは偽りなき真実であったのだ!)。

「ええと、ありがとうございました。凄く痛かったです」
「礼はいらん。もっと苦痛に歪む顔が見たかったのだが」
「でしょうね。張り切って我慢しました」

彼との接触において無機になることはあってもムキになってはならない。あくまで凪のように機械のように、流れ作業のように淡々と。

「包帯は毎日替えに来いよ」
「それくらい自分でやれます」
「いや、此処に来い。出来るだけ痛くしてやる」
「いやです、そんなこと言われてのこのこ現れるやつがありますか」
「何故だ」
「逆に何故来ると思ったのです」
「此処に来ないと、さもなければ」
「さもなければ、?」
「傷口からカビが生えてきて死ぬからな」

死神の持つ鎌のような形をした、底抜けに意地の悪い笑み。害悪な冗談。何処までこの男は私を死なせたいのだろうか。

「それはそれは、こわいですね」
「ああ、こわいぞ」


戯れに死亡宣告
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