「ジョセフさんは、ジョセフ・ジョースターでジョジョなんだよね」
「ああ」
「じゃあホリィさんは?」
「……空条聖子、でジョジョにならないこともないんじゃねぇか」
「あ、そっか。凄い凄い!」

感嘆の声を上げてはしゃぐなまえを横目に、承太郎は冷えた麦茶を喉に流し込んだ。ガラスの縁までやってきた氷たちが出会い頭に機嫌良くからんと音をたてる。じわり、唇の熱を奪われる感覚。身体中に沁み入る冷ややかな液体。

「それで、空条承太郎、でジョジョなんだよね」
「……おう」

彼女の息が自分のフルネームを撫でることに、承太郎は満更悪い気はしなかった。背中に指が滑っていく、大したことではないのだけれど脳の片隅に引っ掛かる、こそばゆいような、そんな感じ。下の名前のみを呼び掛けられることは多々あるのだけれど、改めて一連して唱えられれば話は大きく揺らぐ。つまりは、何となく気恥ずかしい。

「ジョースター家の人たちはセンス抜群だね」
「そうか?」
「うん、センスがほとばしってる」

ジョジョ。ジョジョ、かあ。
何度も呪文のように一族共有の渾名を舌先で転がす彼女と、弛む口の端をグラスで隠す彼。何ゆえに斯様な話題が流れているのかといえば、そこは恐らく暇潰し以外の何物でもない。
なまえは先程からたどたどしい手つきでコントローラーのボタンを操作し続けていた。桃色の髪をした友人から借り受けたテレビゲーム。いわゆるRPGというやつに系統されるだろうか。こういったものに今まで縁遠かった彼女は、承太郎から助言をいただくべく空条家にお邪魔していた。これによって他人の家で他人から拝借したゲームを他人の誘導に任せて進めるという奇妙な図式が出来上がる。とりとめのない会話というオプション付き。

「……私、ネーミングセンスないからなあ」
「確かにねえな」

画面上を闊歩する三人のキャラクター。剣技、魔法、それぞれが各々の長所を駆使し敵をなぎはらい、打倒魔王を胸に秘めフィールドを進んでゆく。冒険の始まりよりも幾分か力がつき、ドット絵ながら顔立ちは些か精悍になりつつある、気がしないでもない。世界を救う為に集った勇者たちの名前はなめまる、うめきち、たなか。無論彼女が名付けたものである。

「なんで一人だけ名字なんだ」
「わかんない」

ざくり。慣れないボタン操作にも拘わらずなめまるは華麗な剣捌きでモンスターを屠る。うめきちもそれに続く。たなかは魔法を唱える。

「これはセンス以前の問題だろうぜ」
「ぬぬ、そうかな」
「少しこいつらが可哀想になるくらいだ」
「人には得意不得意というものがあってですね、」

完璧な承太郎にはわからないでしょうけど、と皮肉を飛ばす彼女の口元は、その実楽しそうに弧を描いていたりする。緩やかな空気が佇む空間に、控えめに流れる軽快なBGM。花を揺らしたような彼女の微笑に、承太郎は安寧な感情に包まれていた。こんな日も悪くない。珍しくそんな考えを運びながら再び麦茶入りのグラスを傾ける。

「私はセンスないからさ、」
「ああ」

「だから、私たちの子供の名前は承太郎がつけてあげてね」

「げほッ、な、」

爆弾。まさしくそれは青天の霹靂。突然織り成した彼女の発言は、承太郎の脳味噌から心臓まで、はたまた呼吸器をいとも容易く震撼させた。揺らぐグラス、半端に体外へ押し戻される液体、学ランに滴る麦茶。

「だ、大丈夫!?お茶つまらせた?」
「ッ、誰の所為だと、」
「え?あ、もう。べちゃべちゃじゃない」

なまえは素早く自分の鞄を開いてタオルを取り出す。薄い染みが穿ったその場所に優しく布地を当てる彼女には、恐らく発火装置の引き金を引いた自覚はない。そして何より、承太郎の眉がこれ程までしかめられている理由にさえ気付いていない。

「……悪ィ」
「別にそんなこと、……ってあああ!」
「どうした」
「い、いつの間にかうめきちが死んでる!これどうすればいいの?」
「……取り敢えず教会に行け」

ぶっきらぼうに放ってから、彼は学帽の鍔を深く深く降ろした。今暫く引き上げそうにない動揺と焦燥を彼女に悟られぬよう、深く深く。
何時如何なる時も冷静に行動し、常に的確な判断を下してきた、最強のスタンド使いとまで謡われた空条承太郎その人が、ただ一人の少女が発した、無垢以外の何物でもない言葉で完全に崩れてしまったのである。

やくそく


(じゃあ男の子ならじょじょまる君、女の子ならじょるるちゃん、とか)
(絶対てめーには任せられねえ)
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