七松先輩について


空腹が限界で餓死しそう。
授業終了の鐘が鳴ると同時に食堂までダッシュした。
「おばちゃーん!」
「あら、ななしちゃん。ずいぶん早いのねぇ」
食堂へ駆け込んだらまだ誰も居なかった。一番乗りなんて初めてだ。
「もうお腹ぺこぺこで…」
「そうかい。たくさんお食べ」
おばちゃんが山盛りによそってくれた定食を受け取って席に着く。
「いただきまぁす!」
両手を合わせてからご飯を一口。
ううう、美味しい!! おばちゃんの料理はいつも美味しいけれど今回は今まで以上に美味しい気がする。確実に空腹感がお手伝いしてる。
夢中でお昼ご飯を食べ進めていると、食堂に一人の忍たまがやってきた。
「…あれ?」
私を見るなり不思議そうな顔をする。
「今日は早めに来たから、一番乗りだと思ったんだけどなぁ」
「…不破先輩!」
五年生の不破雷蔵先輩だった。
「ななしちゃん、今日はずいぶん早いねぇ。授業早く終わったのかい?」
「え、ええ…まぁ…」
お腹ぺこぺこで走ってきたなんて恥ずかしくて言えない。
不破先輩は私と同じ定食を受け取ると、私の向かいに座った。
「一人なら、ここいいかな」
「あ、はい。どうぞ」
不破先輩は私が知っている数少ない忍たまのうちの一人だ。初めての出会いは図書室だった。私は読書が趣味で頻繁に図書室へ訪れるため、図書委員会の忍たまとはよく顔を合わせていた。
「今日は学園中、ななしちゃんの噂で持ち切りだね」
「えっ」
ご飯を食べながら微笑ましく語る先輩に戸惑ってしまう。
目の前で固まる私を眺め、先輩はその大きな目をぱちくりさせた。
「えっ、て…?」
僕いま何か変なこと言った?、と言いたげな顔。問われてないけど、言いましたよと返答したい。
…不破先輩は何も悪くないけれど。
「噂って、七松先輩と私のことですよね…?」
「う、うん、そうだけど…何かマズいの?」
私の様子を伺いながら言葉を選ぶ先輩。いつも優しいなぁこの人は。困らせてるみたいでだんだん申し訳なくなってきた。
「私、七松先輩とお付き合いするなんて言ってないんです…。七松先輩についてもあまりよく知らないし…」
「え!? そうなの!?」
元々大きな目を更に真ん丸くして先輩は驚いた。
そんなにびっくりすることかなぁ。七松先輩と私が今まで仲良かった形跡なんてどこにも無いから、かえって自然なことだと思うけど。
「ごめん、知らなかったよ。てっきり噂は本当かと思ってた。ハチが七松先輩とななしちゃんは熱愛だって言うからさ」
「ハチ?」
「竹谷八左ヱ門ていって、同じろ組の生徒なんだ。ハチがななしちゃんと七松先輩が仲良さげにしてるところを今朝廊下で見たって、さっき教室で話してたんだ」
きっとあのボサボサ頭の五年生だ。
あれっ、まてよ
「ま、待ってください! その竹谷先輩は、五年ろ組でみんなにその話をしてるんですか!?」
「うーん、どうだったかなぁ。少なくとも三郎は聞いてたよ。僕と一緒にいたもの」
三郎って、鉢屋先輩のことか。たまに不破先輩のフリをして私をからかってくるから、あの先輩はちょっぴり苦手だ。
てことは今朝の七松先輩と私のやり取りを知ってる人が他にいるかもしれない。なんてことだ。
「そんなぁ…」
「元気出しなよ。ハチと三郎にはあんまりこの話に触れないように、僕から言っておくから」
「ありがとうございます…」
気を遣わせちゃったな。不破先輩、せっかくの美味しいご飯が美味しくなかったかもしれない。ごめんなさい。
「でも驚いたなぁ。それって七松先輩の一方的な片想いってことかい?」
「誰が片想いだって?」
不破先輩の質問に食いついたのは私じゃない。
食堂の入り口から急に聞こえた声に、二人で視線を向けた。
「私の彼女を早速口説こうなんて、いい度胸してるじゃないか雷蔵」
そこにいた人物に仰天する。
「な、七松先輩…!」
どうしよう、雰囲気がなんだか怒ってる。
七松先輩は定食も受け取らずに私達のところまで歩いてくると、不破先輩の隣にどかっと座った。
「私に断りもなくななしと二人で仲良くメシか」
今朝見た陽気さはまるで感じられない。声の低さから相当な怒気が感じられた。
隣の不破先輩をキッと睨みつけて、更に一言。
「まさかお前がこんなに手が早いと思わなかったぞ」
いけない、不破先輩が怒られてしまう。不破先輩は何も悪くないのに!
「七松先輩! 不破先輩はそんなことしてないです! ただ私の悩みを聞いてもらってただけで…」
「悩み?どうして私に相談しないんだ。私より雷蔵の方が話しやすいっていうのか」
正直、その通りだ。でもそんなこと言えない。ここでそれを言ってしまったら七松先輩は余計にヘソを曲げてしまう。
七松先輩がまさかこんなに嫉妬深いなんて思ってなかった。
どうしよう、どうしよう! 何を言ったらいいんだろう!
「いい加減にしろよ」
不破先輩はそう言って、七松先輩の頭をバシッとはたいた。
「冗談が過ぎるぞ三郎。ななしちゃん困ってるだろ」
…え?
「ちぇーっ!ネタばらしするなよ雷蔵。面白かったのに」
さっきの怒気はどこへやら。お腹を抱えてケラケラと笑い出す七松先輩。
あれ? あれれ??
「ななしってば相変わらず面白いな。良い反応してくれるから変装しがいがあるよ」
それからくるりと一回転。そこに現れたのは
「…鉢屋先輩」
正確には不破先輩がもう一人だけど。
ああもう、すっかり騙された! やっぱりこの先輩は苦手だっ!
「そんなにぶすくれるなよ。仏頂面だと七松先輩に嫌われるぞ?」
「ほっといてください!」
「いくらなんでも今のはひどいよ三郎。ななしちゃんじゃなくても、誰だってムクれるさ」
雰囲気も言うことも正反対。同じ顔なのに全くの別人なんだよなあと改めて思ってしまう。
「だけど雷蔵、私はお前の身を案じてこんなことしたんだぞ。今日は六年生が実習で夕飯まで帰ってこないからいいものの、もし本物の七松先輩にこの現場を見られたら血祭りにあげられること間違いなしだ」
「ああ、うん、確かにそれは否定しないけど…六年生が実習に行ってるこんなときぐらいじゃないと、もうななしちゃんとゆっくり話できないかと思って」
ち…血祭り!?
「あ、あの…」
「ん? なんだい?」
「七松先輩って、そんなにコワい人なんですか…?」
恐る恐る質問してみる。
笑顔が人懐こくて、とてもそんな人には見えなかったけどなぁ。
私の質問に仰け反って驚いたのは鉢屋先輩。
「へ!? ななし、まさか七松先輩を知らないのか!?」
「はい」
「嘘だろ!? いけいけどんどんの暴君を知らない生徒がいるなんて…。無茶苦茶有名人なのに」
ぼ、暴君!? 押しが強いとは思ったけど、元々ああいう人だったのかな。みんなに対してそうなのか。
「そんなに有名なんですか?」
「ああ。忍たまの中で逆らおうとするやつなんていないさ。考え方が無茶難題なのにとんでもない怪力の持ち主で、砲弾を軽く蹴飛ばしたりするんだ」
えええええ!
「あんまり脅しちゃ可哀想だよ三郎」
「でも事実だろう」
七松先輩って凄い人だったんだ! どうやら私、とんでもない人に豚汁ひっかけちゃった!
「七松先輩は体育委員会の委員長でね、人一倍身体を動かすことが好きなんだよ」
だから怪力なんじゃないのかな、ってフォローする不破先輩。でもそれだけで砲弾を蹴飛ばしたり出来るもんなのかな。
今更だけど自分の置かれた状況が恐くなってきた。
「大丈夫だよ」
真っ青な私に、不破先輩は優しく微笑んで言う。
「どういう経緯で噂がたったのか知らないけれど、ななしちゃんが嫌じゃなければ付き合ってみていいんじゃないかと僕は思うよ。七松先輩、忍者として優秀だから頼りになるし、明るくていい人だし。ななしちゃんは内気なタイプだから、七松先輩みたいに引っ張ってくれる人は似合うんじゃないかなあ」
不破先輩の言葉に怯えの気持ちが少しほぐされた。

嫌じゃなければ、か。

言いたい。
本当は私が好きな人は善法寺先輩なんです、って打ち明けてしまいたい。不破先輩なら、私にこうして救いの言葉を与えてくれる気がする。
だけどここは忍術学園。
どこで誰が聞き耳をたてているか知れない。
凄く言いたい、けど言えない。



私の表情を眺めながら鉢屋先輩が「ふーん」と声を洩らしたけれど、その真意は分からなかった。


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