運命?の出会い


拝啓 お母さん
今日、私の人生に花が咲きました。
「う、嬉しいよおお…」
忍術学園に通わせてくれてありがとう!

「初めて美味しいものが作れたあああ!!!」

ここは自室。嬉しさのあまり大声で叫びまくる。なんのことはないただの饅頭なんだけど、味覚クラッシャーの私からすればこれは大いなる進歩である。作り方も材料も今までと何ら変わりない、だから単にまぐれかもしれない。それでもこれは大いなる進歩である!
「えへへへ」
顔のにやけが止まらない。畳の上で一人ころころ転がった。私ってば気持ちの悪い奴だなあ、そう思ったところで動きを止め、机上にある二つの饅頭を眺める。
「せっかくだからお裾分けしよう」
食べて欲しい人が二人いる。善法寺先輩と、それからもう一人。
起き上がって饅頭の包みを懐へ仕舞い、部屋をあとにした。


二人の姿を探してキョロキョロしながら歩き回る。どこにいるかな。実習でいないのかな。
「あ!」
一人目の探し人発見! 中庭で新種の雑草みたいに頭だけ生やしてる。塹壕掘りの途中かもしれない。
「七松先輩!」
私の呼び掛けにくるりと振り返る彼。それからパッと笑って、土の中から勢いよく飛び出してくる。
「いけどん!」
私の目の前へ降り立ち、身体に付いている土を動物のように払いのけた。
「どうした!?ななし!」
いつも以上のニコニコ顔。私に探されていたことが嬉しいとでも言わんばかりだ。
「あの、お饅頭作ったんです! だからもし良かったら、」
ひくっ、と。
それはもう誰が見ても分かる程、七松先輩の笑顔は瞬時に引き攣った。…本人は無意識だろうけど。
「あ! 私、委員会の仕事がまだ残ってたんだ忘れてた今になって思い出したちょっと片付けてくるっ!」
「え!? ちが、七松先輩これは…!」
「じゃあなななしまたあとで!!」
七松先輩はカタコトに近い勢いで言葉を並べ立てたあと、一瞬にして姿を消してしまった。
「そんな…」
しばらくその場で立ち尽くしたまま、悲しくなって俯いた。確かに今までの私の料理は散々だった。でも、あんなに露骨な避け方しなくたっていいのに。せっかく美味しく出来たのに。
私の人生で初めて成功した料理なのに…。


しょんぼりしながら善法寺先輩の姿を探す。善法寺先輩、二個も食べるかな。
もしもさっきの七松先輩みたいに慌てて逃げられちゃったらどうしよう、私しばらく立ち直れない。このさい、二個とも学園長先生にあげちゃおうかなあ。
ぐるぐると思考を巡らせていると、たまたま通り掛かった正門から誰かがノックする音が聞こえた。とんとん、というよりは、どんどん、と激しく戸を叩く音。周りを見回したけど小松田さんの姿は見当たらない。
「誰だろ?」
私以外に誰もいないので、仕方なく正門を開けて外を覗いてみた。そこに、
「!?」
行き倒れの侍が居た。どどどどうしよう!? うろたえながらもとりあえず揺り起こしてみる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「く…」
「く!?」
「食いもんをくれ…」
空腹で倒れていたらしい。とにかく意識があって良かった。だけど困ったな、私一人じゃ食堂まで運べないし…あっ。
「あの、これで良ければ…」
さっき七松先輩にフラれたばかりの饅頭を一つ差し出す。これで満腹にはならないだろうけど、食堂まで歩くぐらいの足しにはなるかも。大きめに作って良かった。
「いただきます!!!」
饅頭が目に入った途端、口から起き上がってばくりと食い付いてくる彼。饅頭を持った手ごと食べられそうになり、急いで手を引っ込めた。よっぽどお腹空いてたんだなあ。
一口であっという間に食した後、ああ生き返った、という顔をして見せる。空腹で倒れたにしては随分とふくよかな人だけど、本当に侍かな? ごろつきに見えなくもないような。
「あー美味かったー…」
彼はようやく立ち上がると、げぷ、と口からガスを出した。
どこの誰だか分からないし食べ方はちょっとアレだけど、美味かったと言ってもらえて私も嬉しい。食べて欲しい人に食べてもらえなかったけど、最終的に人助けになったからこれで良かったのかもしれない。
「作った甲斐があります」
素直に気持ちを述べてみた。すると彼は私の目をじいっと見詰めて、一言、
「お嬢さん、お名前は」
「え?」
それまでと違う、あからさまに作ったような声音。な、何、この人…
「なぞのななし、ですけど…」
途端、両手首をがっしりと掴まれた。驚いて仰け反る。
「いつかお逢いすると思ってました! 私の天使!!!」

…HA!!?

「え、あの、ちょっ、」
「この天下の剣豪花房牧之介ともあろう者が、運命の女性がこんな近くに居たことすら気付かないとは…!」
「いや、えと、」
「生まれた時から運命の赤い糸で結ばれていたというのに…お待たせして申し訳ない!」
な、
なんなのこのひときもちわるいっ!
「あっ!?」
掴まれた手首を振り解き学園の中へ引っ込んだ。どうやら変なの助けちゃった!私ってばやっぱり不運なんだうわああん!
「テレるなよハニー!!」
しかも私のあとを追って学園へ踏み込んでくる変質者。やだやだやだやだ気持ち悪いよおお!
その時だ。遠くから走って来る救いの光が見えたのは。
「学園に入るときは入門表にサイン下さああい!!」
「小松田さん!」
いったい今までどこに居たんですか!…と散々文句を言ってやりたいが今は逃げる方が先。入門表を抱えた彼の背後に急いで隠れる。いつもは頼りない彼が今は頼もしく見えるから不思議。
「げげ!花房牧之介〜!」
足を止めた小松田さんの表情が一気に青ざめた。え、知り合い? ていうかそんな顔するということはこの人やっぱり変な人なんだ。
「げげ、とはなんだ!」
ブリブリ怒る変質者を前に、私はもう小松田さんの衣を引っ張って半ベソかいてた。
「こ、小松田さん、助けて下さい!」
私の訴えにタダゴトではないと感じたらしい小松田さん。敵をキッと睨み付けて、それから一言。
「とりあえず入門表にサイン下さい!」
だだだだめだこりゃ!全然頼りにならないうあああん!!!


それからはもう変質者と二人で学園中をリアル鬼ごっこ。いつもは学園内を歩いていれば十歩毎に誰かと出くわすのに、こんな時に限って誰とも会わない。みんなして仕組んでるんじゃないかってぐらい。
「誰か助けてええ!」
「わはははは待て待てええ!」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! こっち来るな馬鹿!
私ときたらどうしてこんな時にまきびしの一つも持ち歩いてないんだろう! 私が馬鹿!
「だ、誰か…!」
必死に逃げ惑うこと四半刻。インドアな私はそろそろ体力の限界がやって来る。
「あっ!」
中庭でドテンと派手にすっ転んだ。さっき七松先輩と会ったばかりの場所だ。
「や、やっ、やっと、つ、つかま、つかまえたああ、」
私と同じぐらい過呼吸になりながらクテクテ状態で背後に付いてくる変質者。
咄嗟に起き上がったけれど時既に遅し。退路を塞がれてしまった。
「ふっふっふっふ、もう逃げらんないぞ…」
背後は塀。完全に追い詰められた。
「メオトになろう!今なろう!!すぐなろう!!!」
わきわきと妙な動きをしてみせる両手にぞぞぞと鳥肌が立った。もうやだ吐きそう。
生理的に受け付けないその両手はそのまま私の顔を通り過ぎる。ばん、と顔の横で壁に手を付いた音。
やたら近い。本気で胃酸が込み上げてきた。なんか臭いし。
「誓いの接吻を!!」
触りたくないけどこれ以上近付きたくもないから、少しでも身を離そうと両手で懸命に押し返す。けれど見掛けによらず力強くてこれがビクともしない。男女の差かな、それとも大人子供の差かな、単に私が非力なだけかな。なんでもいい、退いてほしい。どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。知らないうちに涙が出て来た。
いよいよ唇を突き出し、顔を近付けてくる変質者。
こわい、きもちわるい、
「誰か、助けて…」
誰でもいい、誰か来て、
お願い、誰か来て、
「…な…」
七松先輩、助けて…!





―ガスッ―

諦めて目を閉じた瞬間、すぐ傍で鈍い音が響いた。
「!?」
何ごとかと目を開ければ、さっきまで目の前にいたはずの奴の姿が無い。視線を走らせれば、気を付けの姿勢のままうつ伏せに伸びている彼がいた。

「だいじょぶか?」
掛けられた声は、通りの良い男性の声だった。


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