小平太に好きな子が出来たって知った時、僕は嬉しかったんだ


何の気なしに、そのままの流れで二人並んで食堂へと足を運ぶ。
借りた本を小脇に抱えたまま、隣の中在家先輩をちらりと盗み見た。本来なら図書室の本を飯時の食堂へ持っていくなど言語道断である。けれど自室へ置きに戻っていたら定食が売り切れてしまうこと必至だったので、図書室を出たのちどうしよう困ったなあと不破先輩のようにオロオロしていたら、いつもは本の管理にあれだけうるさいこの先輩が「なぞのなら本を粗末にしないだろう」とまさかのお許しをくれた。
「・・・」
以前七松先輩は私が中在家先輩に似ていると言った。でもいまだに分からない。彼がこれほど近くにいても分からない。むしろますます混乱する。私には、彼のような人徳も無ければ教養も無い。
いったい私のどこが中在家先輩に似ているんだろう。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
沈黙と言うより、もはや静寂。二人で歩いているというのに限りなく静かである。中在家先輩も私も話すことに長けていないし、そのうえ忍者だから足音もそう無い。
なんだか、ちょっと気まずい。
べつにお互い口下手なことを知らない仲じゃない。だから無理して会話する必要も無い。けどあれだけ図書室へ頻繁に通っていながら、こうして彼と歩くのはこれが初めてだった。静寂過ぎるのはやっぱり少し緊張する。
何か会話は無いものだろうか。
当然だけれど、私と違って中在家先輩に緊張の様子は見られない。もくもくと歩を進めている。
「…足、」
ぼそり。前を見たまま中在家先輩が小声を漏らした。
「もう、良いのか」
ふと問われたその言葉を噛み砕いて呑み込む。私の怪我の話、ですよね。
「あ、は、はい。だいぶ良くなりました。ご心配ありがとうございます」
「そうか…」
「・・・」
「・・・」
再び静寂。
うう、私ってば口下手にも程がある。もっとうまく切り返せたら良いのに。どうにも会話が続かない。
何か他に話題は無いかな。中在家先輩と私で共通の話題…何があるだろう? あ、本の話! そうだ、中在家先輩が好きな本て何だろ、思い切って訊いてみようかな。
「あの、」
「…なぞのは」
言葉が被った。二人同時に台詞を切る。
私の質問に大した意味は無いから、背の高い先輩の顔を見上げて台詞の続きをじっと待った。中在家先輩、何を言い掛けたんだろう。
「なぞのは、」
「?」

「小平太が、好きか」

どくり。突然の質問に、言葉よりも先に心音が返答する。
…何? どういう意味の質問だろう。深い意図は無いんだろうか。それとも私の好きな人が七松先輩でないことに気付いてるんだろうか。
「わ、私は…」
変わらず前を向いたまま無表情な彼。真意が全く読めない。
中在家先輩は無口だ。ときどき口を開いたとしても言葉数は多い方じゃない。だからこそ、紡いだ言葉に威厳が生まれることもあったけれど。
この場合、なんて返答したらいいんだろう。深読みし過ぎかな。少しも他意の無い質問だったらどうしよう。間が空く方がかえって変だ。
「な…」
小さな脳味噌で絞り出した返答は、ひどく曖昧なもの。
「七松先輩といると、楽しいです…」
なら良かった、と言われれば心苦しいが、的外れだな、と言われてしまえばそれまで。どちらとも取れる汚い答え方。
「…そうか…」
中在家先輩のトーンが先程のものと少しも変りないように思えた。…なんだ、質問に深い意味は無かったみたい。よかった。
だとしたらこのまま七松先輩の話題で繋いでしまおう。
「七松先輩は優しいです。療養してる間もお見舞いに来てくれて…毎日とても楽しかったですよ」
「…知っている」
知ってる? …ああそうか、中在家先輩は七松先輩と同室だもの。知る機会はいくらでもあったかもしれない。
「本を持ってきてくれた日も大変でした。七松先輩が私の部屋で昼寝してたらシナ先生がやってきて、七松先輩寝惚けて逃げ遅れちゃって、ひと騒動だったんですよ」
でも、おかげで本当に毎日が明るくて楽しかった。七松先輩の存在感て凄い。
ふと、それまで何事にも動じなかった中在家先輩がぴたりと足を止めた。
「?」
どうしたのかと再び先輩を見上げれば、無表情の彼にしては大変珍しい、ひどく驚いた顔で私を見下ろしていた。
「どうされました?」
「…深寝した…?」
「え?」
「あいつが…私以外の前で…」
話すというよりは独り言に近い、彼の言葉。反応に戸惑ってしまう。
どういうことなのかな。七松先輩、普段は人前で深寝しないんだろうか。あんなに人懐こいのに。
「わっ」
次に降って来たのは言葉でなく大きな手のひらだった。くしゃり、頭を撫でられる。あまりに唐突過ぎてそこらじゅうへ疑問符を撒き散らすより他無い。
「???」
温かい手のひら越しに先輩を見上げれば、表情に乏しい彼が瞳に暖かい色を宿して私を見ていた。
「…そうか…」
赤の他人から見れば、声のトーンも表情も今までと変わったようには見えない。
けど、私には何故か分かってしまった。彼は今ひどく喜んでる。だってこんなに嬉しそうな中在家先輩、私は過去に見たことがない。
「中在家先輩?」
私の問いかけに答えることも無く、彼は私から手を退かす。そのまま再び前を向き、状況についていかれない私を残して歩き出した。
「あ、ま、待って下さい」
慌ててあとを追う。
前を歩く上機嫌なその背中がいつかの誰かと酷似していたけど、いったい誰なのか思い出せなかった。

『ああ小平太にも帰る場所が出来たんだって、そう思ったんだ』





このあと中在家先輩は先に夕飯を食べていた七松先輩から「なんで長次とななしが二人で仲良さげに食堂へ来るの!?」と散々わめかれたけど、それはまた別の話。


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