手合わせ1


くのたまは今日、授業が無い。昨日は実技のテストがあったから、その明け休みだ。
暇なので新しい本でも借りようかと図書室を訪れたところ、図書室は開いていなかった。忍たまの方はまだ今日の授業が終わってないのかな?
「…それにしても変だなあ」
朝からずっと、学園中が恐ろしいほど無音である。みんなどこに行っちゃったんだろ。
ぼんやり考えながら歩いていると、ちょうど正門の前を通り掛かったところで、誰かが扉をノックする音が聞こえた。どうやら外にお客さんが来ているみたいだ。
「?」
辺りを見回したけれど小松田さんの姿は見えない。本当にみんなどこ行っちゃったんだろう?
「はーい」
取り敢えず返事をしてから扉を開けた。
そこに居たのは、食満先輩とそっくりな男の人。
「あり?」
私を見るなりキョトンとする彼。
「小松田さんはいねーのけ?」
訛りが強い人だなあ。きっと遠路はるばるやって来たんだろう。
「それが、朝から誰の姿も見掛けなくて…」
門をくぐりながら私の言葉に目を瞬かせる。この人、誰だろう? 悪い人では無さそうだ。
その瞬間、
「学園に入る時は入門表にサインしてくださあああい!!!」
遠くからすっ飛んで来る小松田さんの姿が見えた。なんだ、学園に居ないわけじゃないんだ。
「あ、与四郎くん! こんにちは!」
小松田さんは私達の前で急ブレーキを掛けると、お客さんである彼に勢いよく挨拶をした。あれ? 知り合いなのかな?
「ななしちゃんもこんにちは!」
「小松田さん、えと…」
「あ、ななしちゃんは与四郎くんに会うの初めてだよね?」
「はい」
「彼は錫高野与四郎くん。風魔流忍術学校の六年生で、一年は組の喜三太くんの先輩なんだ!」
「ちぃとちけーとこまでうさったかん、喜三太に顔見せてこーとおもーてよ」
「与四郎くん、忍たまのみんなとも仲良いんだよ〜」
そうだったのか。風魔流忍術学校だなんて、随分遠くから来たんだなあ。
「与四郎くん、こっちはなぞのななしちゃん」
「あ、と、初めまして」
「おう、よろすく!」
「くのたま四年生で、六年生の七松くんの彼女さんなんだよ〜」
小松田さんのその言葉に、分かりやすいほど目をまん丸くする与四郎さん。
「小平太、彼女なんていたんけ!?」
「うん。僕もこのあいだ知ったんだけどね〜」
「は〜…! えーつ、食い気しかねーよーにめーて…」
いや、まあ、私が七松先輩を昔から知っている立場だったなら同じ反応したかもしれない。そりゃ意外ですよね。
あ、そうだ。せっかくの機会だから質問してみよう。
「時に、小松田さんは今までどこに居たんですか? 他のみんなも見掛けないし…」
私の質問に目をぱちぱちさせてから、小松田さんはえええ!?と仰け反った。
「ななしちゃん、知らないの!?」
「え?え?何がですか?」
「今、五年生と六年生が学年混合で手合わせの授業してるんだよ。見学自由だから、下級生もくのたまもみんな道場にいるんだ」
そうだったんだ! 通りで誰の姿も見かけないはずだ。
「僕も早く戻らなきゃ〜! 勝負の続きが気になるっ!」
「今は誰が手合わせしてるんですか?」
「六年の食満くんと五年の鉢屋くん! 素手で勝負がルールでね、すっごい見応えあるよ! くのたまのみんなも我を忘れて黄色い声で応援しちゃっててさ、ななしちゃんも与四郎くんもおいでよ!」
「おもしれー! 見に行くべ!!」
息を荒くして語る小松田さんの言葉に、与四郎さんは興味津々で食い付いた。おっしゃあ!ええ時にうさった!、なんて上機嫌に目を輝かせてる。
食満先輩と鉢屋先輩の手合せ…私も見てみたい!
「行きましょう!すぐに道場へ!」



三人で道場まで辿り着いたものの、建物の周りは人で溢れかえっていて道場の中なんて覗けやしなかった。人混みの後ろに立ち尽くしたまま、中から聞こえてくる手合わせの音、掛け声、歓声に耳を傾けるしかない。
「さっきまで僕が居た場所、取られちゃった〜…」
隣で小松田さんがしょんぼりと項垂れる。
「そ、それにしても人ごみが凄いですね…」
学園中の人間が集まっているんじゃないだろうか。一種のイベント状態だ。今まで知らなかったの、学園で私だけだったりして。
「ああああ!居たああ!」
急に聞こえた大声に目をやれば、私を指差して遠くから走って来る一年生の忍たまの姿。
「なぞの先輩ってば今までどこに居たんスか! 僕、ずっと探してたんスよ!?」
図書委員会当番の時に仲良くなった、一年は組のきり丸くんだった。
「探してた? どうして?」
「これ、なぞの先輩に買ってもらおうと思って!」
じゃじゃん、と取り出したのは一枚の紙片。
「特等席チケットです! いいとこ取っておきましたから!」
「け、見学自由なのにチケットなんて売っていいの…?」
「やだなあ、先生方には内緒っスよー!」
あ、相変わらず逞しい子だなぁ。
「でも、どうして私に?」
来るか来ないか分からないような流行に疎い私なんかより、食満先輩ファンのくのたまに売り捌いちゃった方がよっぽど効率良かったんじゃないのかな。
「なぞの先輩には普段お世話になってますもん! 先輩、彼氏の勇姿を特等席で見たいでしょ!?」
「え」
「七松先輩、まだ試合してませんから!」
心臓が高鳴る。
そうか、七松先輩も手合わせするんだ。言われるまで気付かなかった。
「ねえねえ、きり丸。そのチケットってもう無いの? 僕にも売ってくれない?」
「あ、俺も!」
私達の会話を一部始終聞いていた小松田さんと与四郎さんが、身を乗り出してきり丸くんに迫る。
「…いーっスけど。二人はなぞの先輩の三倍、銭取りますよ」
そう何人も贔屓出来ませんからね、なんてジト目で二人を見やるきり丸くん。本当、どこまでも逞しい。



そんなわけでチケットを購入してみたのだけれど…。
きり丸くんが案内してくれた場所は特等席も特等席、緊張するぐらいの最前列アリーナだった。
「い、いいのかなぁ…。こんなとこ…」
道場の中心に手合せをする生徒が二人。それを囲んで眺めるように道場の両脇で、これから手合わせを控えている先輩方がずらりと並んで座っていた。
私が案内された場所と言えば、そんな先輩方の最後尾。観客席と上級生とのちょうど切れ目の場所。
私の隣に座っている小松田さんも少し緊張していた。
「お、なんだ。ようやく来たか」
列の最後尾に並んでいたのは立花先輩だった。隣に座った私を見るなり、きり丸にこの場所を取っておいてくれと頼まれてな、なんて呟く。
「ありがとうございます」
「…おや?」
お礼を述べてみたものの、立花先輩の視線は私を越えてその先に向けられていた。
「おー仙蔵!いさしかぶりィ!」
立花先輩の視線を追えば、小松田さんの隣に座っている与四郎さんがひらひらと手を振っていた。
「なんだ与四郎。来てたのか」
「ええ時にうさったべー」
与四郎さんの声に気を留めたのか、立花先輩の隣に居た生徒が前のめりになって顔を出す。
「おお、与四郎! 久しぶりじゃねーか」
顔を出したのは潮江先輩だった。与四郎さん、本当に忍たまのみんなと仲良しなんだなぁ。
 −ダンッ―
途端、耳に飛び込んできた叩き付けるような音。
慌てて視線を前に向ければ、食満先輩が床に背を付いたところだった。
「もらった!」
鉢屋先輩が食満先輩目掛けて拳を振り下ろす。食満先輩はごろりと身体を転がし、鉢屋先輩の拳が床を打つ。
二人とも凄い覇気だ。気の流れが私達のところまでぴりぴりと伝わってくる。
これが、上級生の手合せ――。
「チッ!」
鉢屋先輩が舌打ちした瞬間だった。食満先輩の手が鉢屋先輩の髪を掴もうと素早く伸びてくる。
「!」
鉢屋先輩は咄嗟に頭を振り、食満先輩のそれを拒んだ。
―そうか! 鉢屋先輩のあれは変装だから、取られたら彼は困るもの!
「すきあり!」
「!!」
鉢屋先輩が顔を逸らしたその瞬間、食満先輩の右足が彼の鳩尾へめり込んだ。鉢屋先輩はそのままふっ飛び、床へ肩から着地すると、腹の辺りを押さえて勢いよく咽せ始めた。
「食満留三郎、一本!」
木下先生の声が道場に響き渡る。道場の外がワッと沸き出した。
…凄い。まるで武道大会だ。学園中の人間が見入ってしまうのもよく分かる。
「だああ疲れたあああ」
汗だくの食満先輩。道場の真ん中でべったり大の字になったまま、起き上がる気配すら見せない。
「だっせーな留三郎! 五年生相手にそのザマかよ!」
「うるせえ文次郎! んなこと言うならお前もやってみろ!」
伸びたまま吠える食満先輩。見た目よりも元気らしい。
食満先輩より先に起き上がったのは鉢屋先輩だった。不機嫌な様子でむくりと身体を起こすと、そのまま何事も無かったように不破先輩のところまで歩いて行く。
鉢屋先輩、凄い。あんな蹴りをまともに食らったら普通は保健室行きだと思う。
「ちぇー! 負けちゃったよ雷蔵! ケッコウ自信あったのになー」
「お疲れ。三郎、よくやったよ」
いつも通りの飄々とした会話をしている先輩方。さっきの気迫が嘘みたい。
「まあ、相手が鉢屋じゃ仕方ないだろう」
不意に、私の隣で立花先輩が呟いた。
「留三郎もまさか自分の相手に鉢屋が名乗り出るとは思って無かったろうさ。あいつ、近ごろ本当に運が無い」
「え?」
名乗り出る? なんのことだろう。
疑問符を浮かべていたら、反対隣から小松田さんが補足してくれた。
「この授業の面白いところはね、自分で相手が選べるみたいだよ。まず先生方が生徒を一人指名して、その生徒と対戦したい奴がいないか立候補を待つんだ。さっきは食満くんが先生方に指名されて、鉢屋くんが食満くんと勝負したい!って自分から名乗りをあげたんだよ」
「変わった授業ですね」
「ただ、指名された側は相手が選べないみたい。ちょっと難しいシステムだよね」
へ〜、忍たまならではな授業だなあ。どういう真意があるんだろ。
「この授業は五年生が主体だからな」
立花先輩が更に補足してくれる。
「おそらく先生方は各生徒の力量に応じて、指名する生徒にあらかじめ点数をつけているんだろう。打ち倒したなら、その点数がそのまま勝者の成績になる。…鉢屋も立候補しなければ指名される側だったろうな」
なるほど…。さすが立花先輩、授業の目的まで察してる。
「私達六年生はだいたい指名される側だから、私達にとってはなんの得にもならん授業だ」
フン、と面白くなさそうに鼻を鳴らす。立花先輩、授業開始からずっとここに居るんだろう…退屈感が剥き出しだ。
「あ、の…」
立花先輩がまだここに居てくれることは、私にとってはきっと幸運。思い切って、さっきからずっと気になってたことを聞いてみよう。
「なんだ?」
「ぜ、っ」
頑張れ私! ここで聞かなきゃずっと気になったままだ!
「善法寺先輩は…もう手合わせされたんですか…?」
「伊作? なんで?」
キョトンとした様子の立花先輩。
それもそうだ。七松先輩のことを尋ねられるならまだしも…「なんで?」ってなるに決まってる。
「あ、いえ…」
「…伊作はこの授業に参加していない」
「え?」
「保健委員は新野先生と一緒に救護班で控えてる。この授業は怪我人が大勢出るからな」
そうだったのか。善法寺先輩が手合わせするところなんて想像がつかないから、もし終わってるのであれば聞こうと思ったんだけどなあ。
「さっきも言ったが、この授業は五年生が主体だ。先生方にとっては伊作一人が授業から抜けたところで大して変わらん」
「そう、ですよね…」
食満先輩が重い身体を引き摺るようにして、道場隅の授業修了者の列に並んだ。
木下先生の隣で日向先生が考課表らしきものをぱらぱらと捲っている。暫しの沈黙。
五年生の間に緊張が走ったのが分かった。次は誰が指名されるのか、みんなの唾を呑む音が聞こえてきそう。
無関係な私まで緊張してきた。
「次、」
ぽつり。日向先生が指名する。
「六年ろ組、七松小平太。前へ」
耳に馴染んだその名前に、私の心臓が跳ねた。


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