アドバイス
重い足取りで中庭まで歩くと、不機嫌そうなシナ先生が仁王立ちで私を待っていた。
おばあちゃんのシナ先生じゃなくて若い姿のシナ先生だ。うう、恐いよう。
「…なぞのさん」
「は、はひっ!」
怒った顔で見下ろされ、更に小さくなる私。思わず声が裏返ってしまった。
「あなた、最近授業に身が入っていないでしょう」
どんぴしゃり、予想通り授業態度についてのお説教らしい。ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪いですごめんなさい。
「すみません…」
「忍者の三禁、言ってごらんなさい」
「えっ?」
「えっ、じゃない。言いなさい」
「は、はい。銭と酒と色です」
「知っているなら、どうして出来ないの」
「は、い…。え?」
「三禁はね、べつに忍たまだけの話じゃないのよ。くノ一にとってもご法度なの。色に溺れるなんてもっての外よ」
「え? あの…」
「七松くんのことばかり考えてるでしょう」
びっくりした。まさかシナ先生から七松先輩の話が出るなんて思わなかった。
先生方が噂を耳にしてないわけは無いから、知らないことは無いだろうと思っていたけれど…。
「そ、うです…」
「善法寺くんに想いを寄せているのに七松くんに求愛されて戸惑ってる。そうでしょう?」
「えっ!?」
なんで知ってるんだろう!
「見てれば分かるわよ」
す、すごい、さすがはシナ先生…。
今の話、誰にも聞かれてなかったかな。慌ててキョロキョロと辺りを見回す。
「大丈夫、今は誰もいないから」
シナ先生ってば何でもお見通しだ。さっきから私、まともな言葉を少しも喋れてない。
…だけどこれってチャンスかもしれない。真相を知っている人がタカ丸くん以外にも居たってことだ。シナ先生は大人の女性だから色恋の経験が豊富だろうし、このさい相談してみようかな。
「私、意気地無しなんです」
俯いたまま、口下手なりにぽつりぽつりと言葉を探す。
「本当は善法寺先輩が好きなのに、それを七松先輩に言えないままデートしました。初めは、七松先輩を傷付けたくないからだと思ってたんですけど…あとになって考えれば考えるほど、そうじゃない気がしてきて…」
「・・・」
「七松先輩ほど私を必要としてくれる人は今までいませんでした。きっと私自身、それをどこかで心地良いと思ってしまったんです。七松先輩に対して完全に甘えていました」
シナ先生は黙ってる。私の話に耳を傾けながら。
「一番の最善策は、私が善法寺先輩への想いを断ち切ることです。一度頑張ろうとしたんですけど、どうやっても出来ませんでした」
「・・・」
「こんな気持ちのままでお付き合いしてたら七松先輩に凄く失礼だから、早く打ち明けなければと思うんですけど…日が経てば経つほど言い辛くなって、堂々巡りで…」
言葉にすればするほど、ああ私は本当に最低なんだと痛感する。結局私は自分を優先するから、七松先輩を傷付けるハメになるんじゃないか。
これ以上は何も言葉が出てこない。この先を続けようものなら、それは相談でなく単なる言い訳だ。
「言わせてもらうけど」
正面から降ってくる凛としたシナ先生の声。
「善法寺くんへの想いも、七松くんからの求愛も断ち切るべきね。あなたはくのたまよ。色恋にかまけている暇なんか少しも無いの」
…それはそうだ。何より正解だ。
私ってば何を勘違いしてたんだろう。シナ先生に相談したらそう言われて当然じゃないか。だって先生は教師なんだから。
「そう、ですよね…」
学生の身分でなんてこましゃくれたことを言ってるのか。私、とことん馬鹿だ。
「今のが、教師としての意見ね」
「…え?」
「ここから先は、一人の女としての意見」
けろりと声色を変える先生に顔を向ける。
「べつに今のままでいいんじゃない?」
「…へっ?」
意外な言葉に目が点になる。
「恋愛なんてね、惚れたもん負けよ。あなたが善法寺くんを好いてようと何だろうと、七松くんがあなたを勝手に好きになったんだからべつに放っておけばいいでしょう? 」
「だ、だけどそれじゃあ七松先輩に失礼なんじゃ…」
「一つ大事なことを忘れてるようだから言うけど」
「はい」
「私達くノ一はそれが生業よ。好きじゃないなら、七松くんのことは実習相手ぐらいに思えばいいでしょう。一人の男性をいちいち気にしていたら、この先授業になんてついていかれないわ」
酷くて冷たい意見。だけど、
確かに一理ある。道理は通ってる。
「もしも最後に七松くんが傷付くことになっても、それはあなたを勝手に好きになった彼の自己責任よ。六年生にもなってくノ一の本質を見抜けない彼がいけないわ。あなたが気にする必要がどこにあるの」
人としてそれじゃあいけない気がする。
けど、くノ一としてはそれでいい気もする。
さすがはくノ一教室の山本シナ先生、口がうまい。なんだかちょっとモヤモヤするけど、このまま丸め込まれてしまいそうだ。
「流れに任せたら?」
「流れに…」
「かえってラッキーじゃない。授業の復習をしたくなったら、いつでも七松くんで試せばいいんだから。本当に好きな人だったら罠にかけるのは可哀想でしょ?」
「はぁ…」
「なるようになるわ」
「そう、ですか…」
「そうよ。プロのくノ一にとってはこんな所業、まだまだ序の口で可愛い方なんだから」
「そうですね…」
「ええ」
最後に、ニッコリと可憐な笑顔を見せるシナ先生。
「だから、余分なことは考えずに授業に集中なさい」
ま…
丸め込まれた、気がする。
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