うらない
早々にうどんを食べ終えて竹谷先輩と解散した。
結局、七松先輩がヤケクソで二杯ともお腹に流し込み、竹谷先輩は素うどんの一杯すら食べられなかった。今度学園で竹谷先輩に会ったらきちんと謝ろう。
「七松先輩、機嫌直して下さい…」
元通り二人だけになったのに七松先輩はずっとムクれたまま。自分で蒔いた種だけれどまさかここまで気まずくなるとは思わなかった。もう、泣きたい。
「…ななしは、」
「え?」
私の隣で少し先の地面を見ながらボソッと話し出す。明るい七松先輩らしくないな。
「ななしは竹谷が好きなの?」
「はっ!?」
思わず大声が出てしまった。何がどうしてそうなるんだろう。この人の思考回路を一度割って覗いてみたい。
「そんなに竹谷と昼メシ食べたかったの?」
なんて安直な発想をするのか。七松先輩って本当に子供みたいなヤキモチ妬くんだなぁ。
「違います! 好きとか、そんなんじゃないです! ただ本当に、みんなで食べた方が美味しいだろうと思って…」
まぁ結果、美味しいどころか余計に不味くなってしまったけれど。
「本当に?」
「本当です!」
「…じゃあ、」
うどん屋を出てから初めて私と視線を合わせる。ようやく笑顔を見せてくれる先輩。
「今度また二人で食べに来ような!」
う゛。ま、まさかそう来ると思ってなかった。それは、ええと、困ったな。
はいそうですね、とは言えない。
だって次なんて無いつもりでここに居るわけで、ああもうどうしよう、何を言おう!
「あ! あんなところに易者が!」
少し先の道脇に居る占い師を指さして叫んでみた。駄目だ、これじゃ明らかにしらばっくれてる。さっき興行を見付けた時の七松先輩の真似をしてみたんだけどあんまり上手くいかなかったよう。
「易者? ななし、占い好きなのか?」
先輩は束の間だけ訝しんだ表情を見せたけれど、次の瞬間にはけろりとした様子で聞き返してきた。
凄い。いくら細かいことは気にしない性格でもこれにはちょっと感心した。七松先輩、どうやら新しい話題を出すと一つ手前の話題を忘れるみたいだ。…覚えておこう。
「あ、はい。結構好きです」
嘘じゃない。占いとか風水は結構好きだ。図書室でもそういう類の本を時々借りたりするぐらい。
「そうか! ななしが好きなら見てもらおう!」
にこにこ顔で私の手を取り、易者のところへ駆け出す先輩。突然のことに私が少しよろけると、ごめんと言って早足に変えてくれた。
あっという間にたどりつくと、易者は意外にも人の良さそうなお爺さんだった。七松先輩は私の手を離すと二人分の銭を取り出して、いっちょ頼む!とお爺さんの目の前に置いた。あっ、また奢られちゃったなあ、お礼を言わなきゃ。
「何を占いますか?」
お爺さんが筮竹を取り出して尋ねてくる。うーん、どうしようかな。無難に健康運とか、
「じいさん、良いコトだけ言って!」
私が悩んでいる間に先輩は胸を張ってとんでもないことを言う。無茶苦茶だ。
「な、七松先輩、それじゃ占いにならないですよっ」
「え? そう?」
「悪いことも言ってもらって、そうならないように気を付けるのが趣旨じゃないですか」
「そうなのか。じゃあじいさん、悪いこと言って!」
ひいいい会話に疲れる。七松先輩は中在家先輩と同室だって先日おシゲちゃんから聞いたけど、中在家先輩っていつもこんな思いしてるのかな。凄く大変だ。
「わ、悪いことですか?」
お爺さんも苦笑して悩み出す。そんなつもりで質問したんじゃないですよね、ごめんなさい。
「そうですねぇ…」
じゃらじゃらと竹が鳴る。何を言われるか分からないだなんて、こんな占われ方するのは初めてだ。少しドキドキしてきた。
「お二人とも恋仲のようですが」
「おう!」
「このままでいくと、お二人のどちらかが」
「どっちかが?」
「とても後悔することになります」
「・・・」
グ サ リ。
それって確実に私だ。このお爺さん凄い、侮れない。
「んだとおぉ!? 金返せハゲェ!!」
これに対してキレ出したのは七松先輩。わなわなしながら自分の前に握り拳を作っている。先輩、お爺さんハゲてないです!
「七松先輩、待ってください! 占いの結果に本気で怒らないで下さいよ!」
「だってこのジジイが!」
「先輩が悪いこと言えって言ったんでしょう!?」
「言ってない!!」
滅茶苦茶だあああ!
「ま、待って! 待って下さい! 最後まで聞いて!」
後ずさりしながら必死に訴えてくるお爺さん。
「その後悔っていうのは別れる別れないの類とは別のもので、」
「別れない!!」
「いや、だから、別れても別れなくても必ずやってく」
「ワカレナイ!!!」
ああもうこれ以上は無理だ、先輩ってば聞く耳持たずだ。ここは早々に退散しよう。
「もう行きましょう、先輩」
「え!? なんでだ!?」
「いいからっ」
先輩の手を引いて強引にその場から立ち去る。私から手を引いたのは初めてだったから、先輩は凄く驚いたらしい。それまで騒がしかったのに急に大人しくなった。
町の中を少し歩いて易者のお爺さんが見えなくなった頃、ようやく先輩の手を離す。
「いきなりどうしたんだななし」
黙ったまま先輩を引っ張り続けた私に、先輩はおろおろと困惑した。
「次はもっと当たる易者に占ってもらおう!な?」
どうやら私が易者の言葉に機嫌を損ねたと思ったようだ。
違うんだけどな。正直、この状況に疲れてしまっただけ。
「次はどこ行く? ななしが楽しめるとこにしよう!」
思わず溜め息が零れた。もともとインドアな私にはもう充分だ。もういい。早く楽になりたい。
「もういいです。先輩と二人きりになれるんなら、べつに私はどこでも…」
包み隠さず溢してしまった。早くお付き合いをお断りして、早く自室に帰りたい。無理せずに初めからこう言えば良かったんだ。
「・・・」
「先輩?」
いつもはすぐに言葉が返ってくるのに何故か静かな七松先輩を見上げる。
七松先輩は真っ赤になって固まってた。その大きな瞳を小さくさせて。
おや? どうしたんだろう? 私、何か七松先輩を赤くさせるほどのことを言っただろうか。えっと、私、今何を言ったっけ。記憶を辿る。
…んっ。
ひょ、ひょっとして私、
「や、ちが、せんぱ、」
凄く誤解を招くような発言をしたんじゃなかろうか。あ、どうしよ、おそらく私凄く恥ずかしい言い方をした! そりゃぁあの七松先輩だって赤くもなる! わわわわわわ言葉だけ取ったらくノ一の決まり文句みたいだ!! 何か、何か言わなきゃ、およそ変な誤解されてる!
「へ、変な意味じゃないです!」
カッと余計に顔を赤くする先輩。
そうだよ! 私、何言ってるの! 変な意味ってどんな意味だっていうの! 七松先輩はまだ何も言ってないのに、いったい何考えてるの! これじゃまるで私ってば先輩を誘っ…
ひいいあああ!!!
私が再び羞恥で失神するのと、先輩が私を担ぎ上げて走り出すのはほぼ同時だったような気がする。
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