「ななし、どこ行きたい!? どこでも連れてってやるぞ!」
全開の笑顔で元気いっぱいの七松先輩。冗談で『南蛮です』なんて言おうものなら本当に南蛮まで連れて行かれそう。それぐらいの勢い。
団子屋で羞恥のあまり意識が一度飛んだのだけれど、すぐさま先輩に起こされた。今は町の中を二人並んで歩いてるところだ。
困ったなあ。行きたいところなんて無いんだけど…。
「うーん…」
「どこでもいいぞ!」
出来ることならお付き合いを断るのに最適な、静かな場所が良いです。だけどもう町まで来てしまったから、そんな都合の良い場所なんて無いだろうなぁ。チャンスはおそらく帰り道しか残ってないと思う。
結論、どこでも良い。
「七松先輩はどこか行きたいところありませんか?」
「え? 私?」
「はい」
キョトンとした顔で私を見てから、少しのあいだ唸って考え込む。
「私はどこでも良いです。先輩がオススメするところに、」
「あ! あんなところに興行が!」
話を聞いているのかいないのか、前を見据えて一人ハシャぐ先輩。視線を追って前方に目をやれば、確かに興行の一座が呼び込みをしていた。
「…入りますか?」
「おう!」
にぱっと笑って先輩は先を行く。思い上がりかもしれないけど、彼は私と一緒ならどこでも楽しいのかもしれない。
チクリ。心が痛んだ。

見世物小屋の中に入ると他にも観客がたくさんいて、先輩と私は後ろの方に並んで立った。
「見えるか?ななし」
「あ、はい、見えます。大丈夫です」
「遠慮するなよ? いつでも肩車してやるから」
「なっ!」
失礼な! いくらなんでもそこまで背が低いわけじゃない。そりゃあ七松先輩ほど身長は無いけれど、舞台が見えないほどでもない。
「怒るなよ。冗談だ」
ケラケラと笑って軽く頭を撫でてくる。私の頭、そんなに撫でやすい位置にあるのかな。撫でられてばっかりだ。
「七松先輩、意地悪です…」
「しょーがないだろー。からかいたくなるんだもん」
「・・・」
「何をそんなに悩んでるんだ?」
「…え?」
脈絡の無い言葉が聞こえて戸惑った。なんのことを言ってるんだろう?
疑問の意思を込めて先輩を見れば、出会った時と同じまぁるい綺麗な瞳に真っ直ぐ見つめ返された。一瞬、心臓が跳ねる。
「何か悩んでるだろう。朝からずっと」
びっくりした。七松先輩、やっぱり鋭い。なるべく表に出さないようにしてたつもりなのに、とっくにバレてたみたいだ。それとも私が隠すの下手過ぎたのかな。
「な、なんでもないです…」
「本当に?」
「はい」
「嘘ついてない?」
「…はい」
「・・・」
ほんの少し間があってから、さっきまでと同じ人懐こい笑顔に戻る先輩。
「なら、いいんだ」
胸がズキズキする。
七松先輩はずっと私を心配してくれている。
鉢屋先輩が七松先輩のことを無茶な人だと言っていたけど、あんなの嘘っぱちだ。
七松先輩は、凄く優しい。
こんな良い人に散々期待をさせておいて私は、
「笑え、ななし」
「え?」
舞台上に口上役が現れた。観客が一斉に沸き上がる。
「平気なら笑え。休みの日ぐらい、難しいことは忘れろ」
私は、
 ―東西東西!これより取り掛かりますは―
「楽しまなきゃ損だ」
 ―ご覧あれ―
「…は、い」
私、は、

私はやっぱり、最低だ。





見世物小屋から出る頃にはお昼になっていた。
「蜘蛛舞、良かったですね!」
見世物が思いのほか楽しくて途中から見入ってしまった。小屋から出ても熱が冷めず、弾む声で先輩に話しかける。
「ん〜…」
対して先輩は期待したほどでも無かったようで、頭の後ろで両腕を組み眉間に皺を寄せていた。
「蜘蛛舞ってさ、練習したら私にも出来るかなー」
「え?」
「舞は出来ないけど、綱渡りぐらいなら今の私にも出来る!」
七松先輩、優秀な忍者だもんな。そうやって考えたらなるほど、先輩にとってはあまり面白い興行でなかったのかも…。
「なぁなぁ、私が蜘蛛舞出来るようになったら、ななしは褒めてくれる?」
ウキウキな七松先輩を見て一気に現実に引き戻される。『興醒め』ってまさしくこういうことを言うのかもしれない。
「あれ?」
ふと、目の前の通りを見たことのある人物が横切った。ええと、誰だろう、見たことがあるんだけど、ううん誰だったっけ、思い出せない。
「どうした?ななし」
私の視線を追い掛ける七松先輩。
「あ!? 竹谷!!」
七松先輩の声にそのボサボサ頭の彼は振り返った。
そうだ、思い出した。五年ろ組の竹谷先輩だ。私が七松先輩に告白された時、私の横を素通りしていった彼だ。
私達二人を見付けて竹谷先輩はちょっと困ったような顔を見せた気がしたんだけど、気のせいだろうか。
「お前、こんなところで何してるんだー?」
竹谷先輩の側へ笑顔で歩み寄る七松先輩に私もついていく。
近くに寄ったら竹谷先輩は明らかに苦笑していた。どうやら気のせいじゃなかったみたい。竹谷先輩、七松先輩が苦手なのかな?
「俺はただの買い物です。これからメシにしようと思ってたところで…。先輩方はデートですか?」
「や、あの…」
「そうだ! 初デートなんだぞ!」
七松先輩は私の言葉を遮ると、まるで抱き枕のように私を後ろからぎゅうと抱き締めた。
「これ、私のななし! 可愛いだろう!」
思考がついていかない。何なんだこの状況! ついさっきまで見世物を見ていたのに、今は私が見世物になってる!
「は? はぁ…」
しかも目の前の竹谷先輩の困惑ぶりときたら無い。明らかにコメントに困っている。羞恥心でまた卒倒しそうだ。
以前から甚だ疑問なのだけれど、七松先輩は何故私なんかを可愛い可愛いと連呼するんだろう。謙遜などではなく、私は決して可愛くもなければ美人な方でもない。地味な容姿で、これといって何か特徴があるわけでもない。失礼だけどブスフェチなのかな。
「七松先輩、離してください!」
「へ? なんで?」
なんで?って…町のど真ん中だからです!、と言おうとして言葉をのんだ。先日の食堂でのやり取りを思い出したからだ。七松先輩のことだからきっとまた「照れなくていい」で一蹴されてしまう。ここは、えーと、なんて言おうかな…
「…私、まだ竹谷先輩に自己紹介してません」
「お、そうか」
パッと私を離す先輩。なんだか私、七松先輩の扱いに慣れて来てる気がする。これって良くない傾向だ。
「あ、竹谷先輩、私、」
「俺のこと知ってるの?」
「はい。不破先輩から聞いてます」
「そっか」
「私、くのたま四年生のなぞのななしっていいます」
「五年ろ組の竹谷八左ヱ門。よろしく」
ニカッと気さくに笑う竹谷先輩を見て、なんだか食満先輩みたいだなぁとちょっと思った。
「じゃ、俺はこれで…」
くるりと踵を返して早々に退散しようとする竹谷先輩。
「あ、あの…!」
「ん?」
「竹谷先輩、これからお昼なんですよね!?」
「え? あ、ああそうだけど…」
「良かったら三人で一緒に食べませんか!?」
「「え゛」」





すぐ近くにあったうどん屋さんに三人で入る。
さっきからギスギスしていて空気が悪い。
七松先輩とデートしてるという罪悪感にこれ以上耐えきれそうになくて、思わず竹谷先輩に声を掛けてしまったのだけれど、これに対して七松先輩は見事にヘソを曲げてしまった。
初め、私の提案に七松先輩は物凄く拒否の意を示したのだけれど、言った手まえ私も引き下がれなくて駄々をこねた。困り顔で「みんなで食べた方が絶対美味しいのにどうしても駄目ですか」って懇願したら、七松先輩は渋々OKしてくれた。男性におねだりしたのはこれが生まれて初めてかもしれない。
竹谷先輩は七松先輩と私に板挟みされてひどく困惑してた。無関係なのに巻き込んじゃって悪いことしたなぁ。
会話が無いままみんなで席に着く。き、気まずい。私が蒔いた種なんだから私がなんとかしなきゃ。
「あ、えと、二人とも何にしますか…?」
お品書きを手に取って無理矢理話を切り出す。ちょっと白々しかったかも。
「ななしと同じで良い」
「あ、え、じゃあ俺も二人と同じで…」
「ふざけんな。お前は別にしろ」
うわああ七松先輩ってば露骨に不機嫌だあああ!
「わ、私キツネにしようかな…」
「じゃあ俺、素うどん…」
ううっ、竹谷先輩ごめんなさい。今更だけど凄く後悔してきた。こんなことなら私一人で苦しめば良かった。竹谷先輩に気を遣わなきゃいけない分、私ってば思いっきり選択肢を誤った。
「な、七松先輩、せっかくだから私と別のにしませんか? 半分コしましょうよ」
「んー…」
ツンとそっぽを向いたまま曖昧な返事だけされる。困ったなぁ、どうしたら機嫌直してくれるかな。
私達二人を交互に見てから正面の竹谷先輩は小さく溜め息を吐いた。疲れますよね、すみません。
「三郎の言ってた通りだなぁ…」
ぼそり、そんなことを呟く。どういうことだろ。
「鉢屋先輩が何か言ってたんですか?」
「あ、いや、なんでもない。こっちの話」

結局、私はキツネで七松先輩は月見を頼んだ。竹谷先輩は素うどん…ホントごめんなさい。
うどんが出てくるまで会話を盛り上げようと必死に努力したんだけど、もともと私は口下手だし、何を話しても七松先輩はずっと拗ねたままでろくに会話が続かなかった。
ようやく運ばれてきたうどんに多少の安堵感を覚える。
上に載ってきた揚げが凄く美味しそう。食べる前に箸で半分に切り、隣の七松先輩の碗へお裾分け。
「先輩、半分コです」
少しは機嫌直してくれるかな。
正面に目をやれば竹谷先輩が素うどんを食べ始めていた。
せっかくだから竹谷先輩にもお裾分けしよう。せめてものお詫び。半分になった揚げを更に半分にして、竹谷先輩の碗へポテッと載せる。
「竹谷先輩もどうぞ」
「あ、いいの?」
「みんなで食べた方が美味しいですから」
「ん。ありが、」
竹谷先輩が言い終わらないうちだった。
彼の素うどんが一瞬にして姿を消した。
「「!?」」
慌てて視線をさ迷わせると、それまで大人しかった七松先輩が彼の素うどんを両腕でかっさらっていた。竹谷先輩も私も事態を把握するのにちょっぴり間が空いた。
七松先輩は素うどんを抱えながら、不機嫌丸出しで一言。
「これ、もう私のだから」
これにはさすがに目が点になった。竹谷先輩も私も意味を理解し兼ねて言葉に困っていると、七松先輩は私達の疑問を察したのか、碗をその場に置いて私に横から抱き着いて来た。
私にしがみついたまま、竹谷先輩をキッと睨み付ける。
「これも私のだ!」
今までの大人しさが嘘のように突然大声で叫ぶ先輩。視界の端で店の奥に居た店主がびっくりしてた。
あまりに唐突過ぎて、凄く恥ずかしいことを叫ばれている事実に少し経ってから気が付いた。
「七松せんぱ、」
「一遍まるっと全部私のなんだ!! 誰にもやらん!!」
駄目だ、完全にプッツンしてる。誰が見ても分かるぐらいに。七松先輩、どうやら私の想像以上にイライラしてたみたいだ。
「私のだ!私のだ!私のなんだっ!!」
イヤイヤをするように私にぐりぐりすり寄ってくる。まるで身体の大きい子犬みたいだ。
すっかり忘れてたけど、七松先輩、独占欲が強いんだった。食堂に居た時に学んだことじゃないか。どうして忘れてたの私!
目の前で困った顔の竹谷先輩がまた溜め息を吐いていた。

私、完全に選択肢を誤っちゃったなぁ。
お昼を食べ終えたらとりあえず竹谷先輩とはサヨナラしよう。

酷く後悔しながら頭の隅でそう思った。


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