初デート1


ある日の朝。
部屋の外から雀の鳴き声が聞こえてくる頃。
眠りが浅くなってきた意識の中で、ああそういえば今日は休日だなあとぼんやり思った。まだ眠いからこのまま二度寝しちゃおうかなぁ。
「やったぞななし! 今日は快晴だ!」
急に聞こえた声に驚いて目を開ける。

私服姿の七松先輩が私の寝顔を覗き込んでいた。

「・・・!!?」
寝ぼけ半分で驚きの声も出ない。慌てて上半身を起こした。
「お前、寝顔も可愛いなあ!」
いつも通りの全開の笑顔で枕元に座っている七松先輩。えっ、なんで先輩がここに? どうしよう、私、不細工な寝顔見られた! しつこいかもしれないけどくのたま長屋は男子禁制なのに! そもそも私まだ夜着のままなのに!!
朝からこの状況についていかれなくてひたすら口をパクパクさせた。何か喋らなきゃと思うものの、何も言葉が浮かばない。口の動きだけフライングしてしまった。
「どうした?」
私の反応を見て先輩は首を傾げる。どうした?って…私が訊きたいです。
「え、あの…」
「あ。おはよう!」
「…おはようございます」
ダメだ、また会話が噛み合わない。そういえば七松先輩はこんな人だった。出会ってまだ日は浅いけれどそれぐらいは理解している。
「留三郎が美味い団子屋知ってたから、今日はそこ行こう!」
…そうだった。私、お団子食べに七松先輩を誘ったんだった。だけど日時も待ち合わせ場所もまだ決めてなかったのに。
どうやら七松先輩は今日のつもりだったらしい。
でもお付き合いを断るつもりで誘ったんだから、こういうことは早くしなきゃいけないよね。今回は七松先輩が正しい。先延ばしでズルズルしちゃいけないもの。私も早く支度しなきゃ。
「あの、先輩」
「ん?」
「今から支度するので、その…」
「おう!」
「・・・」
どうしよう。先輩に対して『部屋出てけ』って凄く言い辛い。こんな朝早くにくのたま長屋から締め出すのはちょっと気が引ける。だけど言うしかない、よね。
「…着替えたい、んですけど…」
「ああ、待ってるぞ!」
先輩、全然動かない。困ったな。察してくれないかな。そこで待たれると恥ずかしいんだけどな。
「どした? また服破かれたのか?」
「あ、いえ! 違います! そんなんじゃなくて…」
うううう、私がいじめに遭ってた時はあんなに鋭かったのに。どうして今になってこんなに鈍いのかなぁ。
私が目に見えて困っていると、先輩は不敵に笑って言葉を投げてくる。
「着替え、私が手伝ってやろうか?」
「!」
七松先輩、私の言わんとすることをとっくに理解していたようだ。わざと気付かないフリしてたみたい。なんて意地悪なんだろう。
「先輩、ひどいです!」
「だって見たいじゃん、ななしの着替え」
しれっと言う先輩に顔の熱が上がる。もおおお!なんだよ、本当に恥ずかしいよぉ!!
「怒っても可愛いだけだぞ」
いつもの調子で頭を撫でてこようとする彼。思わず、側にあった枕を掴んで振り被った。
「あ、待て! ちょっと待て!」
私の枕を見て慌てて部屋の外へ逃げ出すのと、私の渾身の枕投げが直撃するのはほぼ同時。先輩が枕と一緒に廊下へ転げ出たのを見計らって勢い良く部屋の戸を閉めた。
「もう!早く着替えちゃおう!」
だけどその前に布団を畳んじゃおうかな。部屋の真ん中に転がっていた掛布団へ手を伸ばす。
「・・・」
枕が無い布団に違和感を覚える。
そういえば私、誰かに物を投げるなんて初めてだ。先輩に対してさすがにちょっと失礼だったかなぁ。
「ちょっとずつ人見知りが直ってきてるのかな…」
クラスのみんなの件もそうだけど、七松先輩と出会ってから私、他人に対してだいぶ意見を言えるようになったと思う。初めの頃に比べればの話だけど。
…七松先輩って不思議な人だな。


着替えを済ませて部屋から出ると、枕を抱えた七松先輩が小さくなって廊下に座ってた。
「…先輩?」
「あ、ななし」
捨て犬みたいな顔で私を見上げてくる。きゅうん、と鳴き声まで聞こえてきそう。
「ごめん。もう怒ってない…?」
私の渾身の一撃は彼にとって相当なダメージだったようだ。この間も思ったけれど、七松先輩、私に嫌われるのが凄く恐いらしい。
「怒ってないですよ」
というかもともとそこまで本気でもない。意地悪な先輩に仕返ししたくなっただけだから。
「そうか!」
私の枕を抱えたまま笑顔で飛び跳ねる。変わり身早い。あんまり細かいことは気にしない性格なんだろうなぁ。
「じゃあ行くか!」
「えと、枕は置いていって下さい…」


町へと続く道を二人並んで歩く。
七松先輩は隣でずっとにこにこしてる。今日という日を本当に楽しみにしてたんだろう。
学園から結構離れて来た。言い出し辛い、けど、言うなら今かもしれない。町へ着いたら二人きりになれるところは少ないから。
ちゃんと言わなきゃ。私は善法寺先輩のことが、
「今日、晴れて良かったなぁ!」
「え!? そ、そうですね」
空を見上げて嬉しそうに笑う先輩。先輩は私より頭一つ分も背が高いから、横顔を眺めるだけでも一苦労だ。
よく考えたら男性と並んで歩くなんて父とタカ丸くん以外では初めてかもしれない。
なんだか緊張してきた。
「本当はもっと早く迎えに来たかったんだけど、長次に止められてさぁ」
「え゛」
「私はちょっとでも長くななしといたいのに、長次の奴、ケチだよなー」
今朝だってかなり早かったのに。あれより早く来られたら私は本気で怒ってたと思います。
「中在家先輩が止めなかったら、七松先輩は何時頃いらっしゃる予定だったんですか?」
「昨日の夜!」
…今度図書室に行った時、中在家先輩が居たらお礼を言おう。
「団子食うの久し振りだな〜。留三郎が言うには町の入り口にあった瀬戸物屋が無くなって、そこが団子屋になったんだってさ」
「食満先輩、詳しいんですね」
「あいつはよく用具委員会の後輩と一緒に町へ出てるからな」
「そうなんですか」
「初めしんべヱに訊こうと思って用具委員会に行ったら『しんべヱに訊くと自分も連れてけって騒ぎ出すぞ』って留三郎に制されたんだ」
…なんていうか、話せば話すほど申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。私はお付き合いを断るつもりで誘ったのに、先輩はちゃんと下調べをしてくれたわけで、私今相当に非道い女なわけで、
は、早く言わないと。
「七松先輩、あの…」
きゅっと私の手を握る七松先輩。早く、言わない、と、
「今日は初デートだな!ななし!」
にぱっと頬を緩ませて、心底嬉しそうな顔をする。
 言いづらい。
だ、だ、だけど、ここで言わなきゃ、
「あ!団子屋発見! 本当に町の入り口だな!」
いけない、町が見えてきた。もうすぐ着いてしまう。早く!早く言わなきゃ!
「すぐ座れるといいなあ!」
「・・・」
言わな、きゃ
「なぁ、ななし!」
「そ、ぅですね…」
撃沈。
今日ほど気の弱い自分を恨んだ日はありません。


団子屋の店先に二人で座る。間に置かれた団子を見て溜め息を吐いた。
ああもう、私ってばどうしてこんなに流されやすいんだろう。勧誘とか詐欺にあったら一発で転がされるんだろうな。とことんくノ一に向いてない。
「美味いな!この団子!」
対して先輩は幸せそう。お団子が美味しいのか、この状況が嬉しいのか。たぶんどっちもだろうな。
「どうしたななし。食べないのか? 具合悪い?」
「あ、いえ」
「私のおごりだ。遠慮せずに食べろ」
「え、そんな」
いくら先輩とはいえ、彼だってまだ学生だ。そこまで甘えてしまうのは気が引ける。
そんな私の考えを見透かしたように、先輩はニッと笑って団子の皿を差し出してきた。
「かまやしないさ。私、今月は学費の支払い無いから」
以前、鉢屋先輩に聞いたことがある。就職先から内定をもらっている五〜六年生は、たびたび就職先から"研修"っていう名目で忍務に駆り出されるらしい。人手不足の城でプロと同じ仕事をさせられるのだと。あくまで"研修"だから賃金は出ない。そのかわりに学園長先生のはからいで、働きに応じて授業料が免除になる。
…あの話、本当だったんだ。鉢屋先輩が私をからかうためにした作り話なんだと思ってた。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
一本、手に取って噛り付く。あ…
「美味しい」
「だろ!」
満面の笑みにつられて私もつい顔が綻ぶ。このお団子、本当に美味しい。沈んだ気持ちとは裏腹に食が進む。
「あれからクラスでどうだ?」
「はい?」
「まだ嫌がらせされてるか?」
「もう今はされてないです。その節はありがとうございました」
あれ以来、私はクラスのみんなから一目置かれる存在になった。仲良しとはまだ程遠いけれど、どべ扱いで敬遠されていた最初の頃よりも今の方がずっと良い。みんなも時々話し掛けてくれるし。
「そっか、良かった!」
安心したような笑顔をくれる。先輩、心配してくれてたんだ。

『小平太は強引だけどいい奴だから』

不意に善法寺先輩の言葉が脳裏をよぎる。本当に彼の言葉通りだ。七松先輩は凄く良い人。
どうして七松先輩は私が良いんだろう。私なんかにはもったいない人だと思う。
足元を見ながら思案していると、急に頭をぐいっと引き寄せられた。
「!?」
ほんの一瞬の出来事。

先輩の唇が、私の頬に触れた。

「…〜っえ!!?」
つい口から変な声が飛び出す。なっ、なななな、何が起きた!!?
「せ、せ先輩!!?」
「ん?」
「いきな、いき、な、何を…!!」
「へ? いやべつに、」
"団子の胡麻がついてたから"
さらりと言われて卒倒しそうになる。だからって、だからって…!
「おっちゃん、お会計!」
顔から湯気を出してる私をヨソに、先輩はすぐ近くに居た店主へ手を振る。ふと見れば皿の上は綺麗に串だけになっていた。先輩、いつの間にみんな食べちゃったんだ。私まだ一本しか食べてないよう。
「今日はまだ長いから、ななしの行きたいとこ行こう!」
「え? はい」
…あ、いけない! 普通に返事しちゃった! わああん、また流されたああ!
七松先輩の前じゃおちおち考え事も出来ないや。気を抜けない。ううう、頑張れ私! 戦いはこれからだ!


私が食べたのはミタラシ団子だから、頬に胡麻が付くはずない。
そのことに気付いたのはこの5秒後で、私はやっぱり卒倒してしまった。


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