仲直り
部屋に入って戸を閉めてから畳へと降ろされる。あまりにも自然な動作だったから「私自分で歩けます」って言うことすら忘れてた。なんだか今になって凄く恥ずかしい。
「行ったみたいだなぁ」
ぽつりと先輩が呟く。最初なんのことか分からなかったけれど、外に居るみんなのことを指してるのだとすぐに理解した。部屋の外にはもう誰の気配もしない。
「先輩、その…」
「ん?」
「ありがとうございました」
怒り方は乱暴だけれど、七松先輩は私の為に怒ってくれたんだ。ついさっきまで一人ぼっちだったから正直かなり嬉しい。
次の瞬間、両手で頭を思いっきり撫でられた。この間もこうだったなぁ。また髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃう。
「次からは一人で泣くぐらいなら私のところへ来い」
ニッと笑って歯を見せる。ああ、さっきと違う、私の知ってる七松先輩だ。なんだか安心する。
「へっ!?」
突然視界が暗くなって思わず変な声が出た。
気付いた時には、先輩に正面から抱き締められていた。あったかくてどきどきする反面、表情が見えなくて不安になる。心臓が歩いて出てきそうだ。
「悪かった」
「…え?」
私の耳元で話し出す先輩。さっきまであんなに力強かったのに、どこか声が弱々しい。
「私、何かななしに嫌われるようなこと、してしまったんだろ…?」
どうやら先日大嫌いと言ってしまったことについてらしい。脈絡がなくて少し戸惑ったけれど、先輩は当初その話をする為に私の部屋へ来たんだもんな。あ、お花を部屋に入れるの忘れてた。
「教えてくれ。私、悪いところがあれば直すから」
「七松先輩…」
「好いてくれなくていい。だから、」
きゅう、と私を抱き締める腕に力が籠もる。少し痛いぐらい。
「お願い、嫌わないで…」
声が、震えていた。
この数日間、先輩はどんな気持ちで過ごしたんだろう。どれだけ悩んだんだろう。私のあんな八つ当たりの一言で彼はこんなに苦しんだんだ。
謝らなければならないのは私。謝っても謝りきれない。
「ごめんなさい」
「え?」
「私、七松先輩のこと嫌いなわけじゃないんです。あれはただの八つ当たりです」
一寸間があってから、がばっと私を引き離して顔を覗き込んでくる。
「本当か?」
「はい」
「本当に本当か? 私のこと嫌ってないのか!?」
「嫌ってないです」
私の言葉を聞いて、まるで日が差したような笑顔になる。表情がころころ変わる人だなぁ。驚くぐらい、いろんな面を持ってる。
再びきつく抱き締められて慌てた。今度は少し痛いなんてもんじゃない、本気で痛い。
「先輩!痛いです!」
力いっぱい抱き締めないでください! 背骨が折れそう!
「あ、悪い」
ぱっと手を離されてようやく落ち着く。視界に入ってきた七松先輩は、それはもう満面の笑み。私も溜まっていたモヤモヤを吐き出せたからスッキリした。
だけど、問題はここからだ。
この先を言い出すには少し勇気がいる。誤解されたままでは先輩の為にもならないから、改めてお付き合いを断らなければならない。天国から地獄に突き落とすことになるけど。
「あ、花忘れてた!」
唐突に花の存在を思い出したらしい先輩は踵を返して部屋の外に出ようとする。けれど途中でぴたりとその足を止めた。
「? どうかしたんですか?」
「あいつ、戻って来たな」
「あいつ?」
「さっきのいけ好かない奴」
苦虫を噛み潰したような顔でそう言う。私にはなんの気配も感じられない。…そうか、戻ってきたのは学級委員長だ。どうして戻って来たんだろう。仕返しに来たんだろうか。
「懲りない奴だな!」
しまった、七松先輩、さっきの怒りがまた込み上げてきたみたいだ! 止めなきゃ!
「待ってください先輩! あとは私がやりますから!」
「だけど…!」
「もう私一人で大丈夫ですから! 私、自分で決着をつけたいんです!」
じっと私の瞳を覗き込んでくる先輩。
今の言葉は嘘じゃない。さっき委員長が言ったことは正しかった。だから、私自身ちゃんと委員長と向き合って話し合いたい。
「…分かった」
今外に行くのは諦めてくれたようだ。ああほっとした。
だけど困ったな。今からちゃんとお付き合いを断ろうと思ったのに、これじゃ委員長に丸聞こえだ。誰かが聞いてる前で付き合いをお断りするのはいくらなんでもデリカシーに欠け過ぎていると思う。
というかよく考えたらここは忍術学園なんだ。もとよりどこで誰が聞いてるか分かったもんじゃない。
「どうした?ななし。何悩んでる?」
どうしたらいいだろう。どうやったら二人だけになれるかな。
「あ、えと、先輩…」
「おう!」
「その、もし良かったら、今度お団子でも食べに行きませんか…」
こうなったら一度学園を出るしかない、かな。七松先輩は学級委員長の気配に敏感みたいだから、委員長もさすがに外まではついてこないだろう。
「行く!!!!」
かつてないほどに嬉しそう。あれ、しまった逆効果だったかな…これじゃ余計に思わせぶりかもしれない。
だけど私の少ない脳味噌じゃ他に方法が見付からない。もっと良い案が浮かんだら良かったんだけど…。
「お花、ありがとうございました。あとで部屋に入れておきますね」
「どういたしまして!」
「あれだけたくさん買ったら高かったでしょう? 私なんかのために、わざわざすみませんでした」
「いいんだ、いいんだ! どうせまたすぐ、いさっくん達が植えるから!」
え゛。
あれ、ひょっとして薬草園のお花なのかな!!?
「七松せんぱ、」
「じゃぁしんべヱにでも美味い店聞いておくから! あと、またなんかあったらすぐ言えよ!」
「や、あの、」
「じゃあな! いけいけどんどーん!」
七松先輩はあっと言う間に天井板を外し、上機嫌で帰って行った。先輩、なんだか私の部屋に私よりも詳しいみたい。
善法寺先輩、明日薬草園を見て倒れちゃわないかな。私が言うことじゃないかもしれないけど、ごめんなさい。
部屋の外に出ると、庭の真ん中に学級委員長が立っていた。さっきと変わらない、むすっとした表情で。
「あ…」
「・・・」
沈黙が耳に痛い。何から話そうかな。
「私は…委員長が言うみたいに努力不足な人間だと思う。本当は男性から愛される資格なんて無いよ。だから、」
「私あなたのことナメてた」
"七松先輩とのお付き合いを断ろうと思うんだ"。そう言おうとして言葉を遮られた。
「…え?」
「トロいくせしてチヤホヤされる子かと思ってたけど違った。私には暴君様を操れないもの」
「へ? 操るって、」
「ちゃんと"色"を使ったんでしょ? やるじゃない」
な、なんか今度は別の誤解をされてる…。色なんか使ってないよ、ただ必死だっただけだよ。でもここで否定したらなんだかまたややこしいことになりそう。肯定しておこうかな。
「あ、あんまり得意じゃあないけど…」
聞いているのかいないのか、委員長は私の横を通り過ぎて部屋へと入る。
「あなたの夜着、洗いに来たの。これ、持ってっていいでしょ?」
びっくりした。それって、
「う、うん! ありがとう!」
そこで初めて、彼女は私に対して微笑んだ。
嬉しい! 和解できた!
「でも私、謝らないから」
それだけ言うと、あっと言う間に姿を消した。
ちょっと性格キツイけど、彼女は想像通りの素敵な委員長のようです。
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