救いの手


「・・・」
「・・・」
お互いポカンとしたまま顔を見合わせる。
少しの沈黙の後、先に反応したのは私。というか部屋の外に居たのがクラスのみんなじゃなかったことに安堵して、緊張が解けてつい笑ってしまった。
「どうされたんですか?七松先輩」
こんな夜にわざわざくノ一長屋まで来るなんて。両手に抱えてるお花、凄く綺麗だなぁ。
「あ、いや…。『女に謝るときは花ぐらい持ってけ』って仙蔵が…」
「謝る?」
七松先輩が何を謝るというのだろう。謝らなければならないのは私の方なのに。
「誤解です。七松先輩が謝ることなんて何も、」
「そんなことはどうでもいい」
先輩は抱えていた花をその場に放ると、私の顔を両手で挟んだ。
「お前、なんで泣いてるんだ?」
真剣な眼差しにどきりとする。そうだった、私今、顔が涙でぐしゃぐしゃなんだった。
「何があった」
「あ、の…」
心配してくれる七松先輩が嬉しい。
情けないことに後輩に助けは求められないし、タカ丸くんのところへ行くわけにもいかなくて、この一週間、私には誰も味方が居なかった。
打ち明けてみようか、七松先輩に。たとえ解決に至らなくても、誰かに話を聞いてもらうだけで気分はだいぶ違ってくる。
「・・・」
相談するか悩んでいたら、ふと、あることに気が付いた。

どこかから視線を感じる。

それも一人じゃない。すぐ近くに何人か居る。
きっとクラスのみんなだ。今度こそ本当に、私の部屋の前に何か良くない物を仕掛けに来たんだ。七松先輩の姿を見てどこかに隠れてるのだろう。
帰ってくれればいいのに。このままきっと最後まで、七松先輩と私のやり取りを監視する気だ。
…言えない。こんな状況じゃあ先輩にはとても打ち明けられない。相談したらあとが怖い。
ああ、せっかく希望が見え掛けたのにまた気分が沈んできた。やっぱり誰にも相談出来ないんだ。
「な、なんでもないです。季節外れの花粉症になっちゃって…」
「さっきの『こんなことして何が楽しいの!?』っていうのは?」
う゛…。豪快な印象しか無かったけれど七松先輩、意外に鋭い。さすがは六年生。
「え、と…」
「相手が居るだろう?」
核心に迫られて言葉に詰まる。どうしよう、何かうまい理由ないかな。何も浮かんでこない。こんなとき、私が優秀なくノ一だったなら理由の一つ二つすぐに思い浮かぶんだろうに。自分が情けない。
返答にあまり間が空いても不自然だ。どうしようどうしよう、何かないかな、何か…何も浮かんでこない。
みんなの刺すような視線を感じる。
怖い。
早く何か言わなきゃ。だけど、何も浮かばない。
「…う…ぅ…」
唇が震える。思考回路はとっくの昔にパンクしてて、気を抜くとまた涙が止まらなくなりそうだ。
先輩は私から視線を外すと、私の背後を見てスッと目を細めた。
なんだろう、私の後ろに何かあったっけ…。あっ! いけない! 私、自室の戸を開けたままだった! 綿の出た布団も泥塗れの夜着や手拭いも全部丸見えだ!
「あ、ちが、せんぱ…!」
慌てふためいて否定の言葉すらうまく喋れない。先輩は私の顔から手を離すと、背を向けて縁側から庭へと歩き出す。
「七松先輩!?」
先輩の次の行動は一瞬だった。私の目には留まらぬ速さで何かを四方に投げた。いや、打った。
「きゃあ!」
「ひゃっ!」
「わっ!」
あちこちから声がして、庭に数人の女子が転がり出てくる。クラスメイトの子達だった。
草の茂みから出て来た子の後ろに、塀に刺さった手裏剣が見えた気がした。先輩、手裏剣を打ったんだ。
どうしよう! 七松先輩、私がいじめを受けてることに気付いちゃったみたいだ!
「どういうつもりか知らんが」
怒っていることが後姿でも分かる。声も怒ってる。相当頭に来てるみたい。
「お前ら、ななしの何が悪くてこういうことするのか、教えてもらおうか」
みんなガタガタと震え出す。先輩、いったい正面でどんな表情をしてるんだろう。私からは見えない。
「ご、ごめんなさい!」
不意に一人が叫んだ。あれ? あの子、私の前の席の子だ。
「私達本当は気が進まなかったんですけど、学級委員長がやれっていうから…!」
「学級委員長に逆らえなくて…!」
今にも泣き出しそう。そうだったのか…確かにみんな、私に嫌がらせしてたけど誰も笑ってなかった。みんな嫌々だったんだ。確かにあの委員長に言われたら逆らえない。私だってみんなの立場だったら…どうしてただろう。
そういえば委員長の姿が見当たらない。私が嫌がらせを受ける時、いつも決まってそこに居たのに。今日は居ないのか。
「学級委員長っていうのはお前か?」
七松先輩は庭の奥にある一本の木を見据えて言う。え? 委員長、やっぱり居るのだろうか。気配は全く無い。というか私には分からない。でも七松先輩には分かるのかな。
「・・・」
木の陰から姿を現したのは黙ったままの学級委員長だった。よく見ると木の横に手裏剣が落っこちていた。凄い、さすがは学級委員長、さっきの七松先輩の手裏剣を弾き返したんだ。
「ななしがお前に何をした」
「・・・」
「答えろ。何をした」
「…何もしてません」
「答えになってない」
学級委員長は七松先輩をきっと睨み付けると、大きく息を吸い込んでから言った。
「私がなぞのさんを嫌いだから、ただそれだけです」
委員長、微かに震えてる。七松先輩が怖いんだ。
「トロ臭くて成績も悪いのに、男性にモテはやされるから…。努力も無しにすぐに進路を掴むから! 私はなぞのさんが嫌いです!」
びっくりした。今まで誰かからこんなにハッキリ嫌いだと言われたことはなかった。だけど、
委員長からはそう見えて当然なのかもしれない。
きっと委員長だってもともと天才なわけじゃない。積み重ねた努力の上に今の実力があるんだ。委員長から見たら私は明らかに努力不足。内気で読書してばかりで、それじゃこの先くノ一はやっていけない。
それなのに私は七松先輩から何故かこんなに求愛されて…気に入らないのは当たり前だ。
「よく分かった」
先輩は委員長の目の前まで歩を進めると、彼女の胸ぐらを掴んで言った。
「だったら、一発殴らせろ」
これには私もみんなも驚いた。そんな! いくらなんでもそれはあんまりだ!
「七松先輩、待ってください!」
慌てて止めに入る。駆け寄って背中にしがみついたけれど先輩は本気らしく、背中が聞く耳持たずを語っている。端から見たら私が先輩の腰にぶら下がっている状態だ。
「部屋に戻ってろななし」
「嫌です! 先輩の力で女の子を殴ったらただじゃ済まないでしょう!」
「女とか関係ないだろ。これだけななしを傷付けておいて」
「私はべつに気にしてません! 委員長の言うことは正しいです! 私が間違ってましたから!」
「そうか。でも私の虫の居所には関係無いな」
無茶苦茶だ。悲しきかな、しがみ付いたところでなんの抑止力にもならない。私をぶら下げたまま先輩は拳を振り上げる。どうしたらやめてもらえる!? 何か、何か、七松先輩が諦める方法は、言葉は、何か、何か…!
「わ、私はっ…!」
もういい!思い付いたことを片っ端から叫ぶ!なんでもいいから諦めて!!
「私は、女の子を殴る人は一番嫌いです!!!」
 ぴたり
先輩の動きが止まった。
「・・・」
少しの沈黙。適当に叫んだ一言だったけど、どうやら効果あったみたい。振り被ったままの拳にぎりぎりと力を込める七松先輩。このまま、このまま抑まって、このまま…お願い!
ふと、へたり込んだままのみんなと目が合う。みんな目を丸くして私を見ていた。え? 何をそんなに驚いてるんだろう。先輩の脇腹から顔を出せば、委員長も驚いて私を見てる。あれっ、私、また変なこと言っちゃったかな…
「きゃっ」
乱暴に委員長から手を離す先輩。委員長から小さく悲鳴が漏れる。
「次にまたななしを傷付けてみろ」
怒気に満ちた低い声。
「私は手加減しないからな」
そのあまりの気迫に、怒られてない私でさえ少し背筋が寒くなった。
「あの…先輩…」
なんと声を掛けようか言葉を探していると、先輩はくるりとこちらに向き直り、まるで物でも拾うかのように私を抱きかかえて私の部屋へと歩き出した。


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